樫村 奈緒美さん・・・・(広島市中区)

 読み進んでいく中で、歴史、政治、生活の格差、地球の環境に対する作者の意識を常に感じていました。 歴史観や、政治抜きには、その土地を感じることはできないんだと、あまり知識のない自分を少し残念に思いながら読みました。  たとえば「パピヨン」は、私も印象に残る映画のひとつで、その情景と重ねることの出来た、デビルス島などはやはり深く印象に残りました。  釈迦の生まれや生き方など、知ってこそ、その遺産が理解できるものがありますね。 日本人として真珠湾攻撃をどう考えるのか・・知らないことが多すぎて情けなくなるばかりです。  ”百聞は一見にしかず”といいます。確かに私も写真や映像を見ることが好きですけど、やはり言葉の力はそれに勝るものがあると感じました。  旅の中で一番印象的だったのは、英国コッツウォルズのフットパスを小林さんが一人で歩いているところです。地球放浪その言葉とおり、限られた時間の中で、ご自身のコミュニケーションの力と、体力だけを頼りに前に進む姿が、映画のワンシーンのように脳裏に残っています。 一歩間違えば、どうなるかわからない現実の恐怖感も伝わってきます。でも、その中で、地球を体で感じる旅をしてこられたのだなと、その後の「旅の記録」でもその感覚を思い出しながら読みました。  海賊が出る地域を二日間もかけて通過するなんて、「人生悔いなし」くらいの心境でしょうか・・・。私も自分の頭と足で、前に進んでいきたいと強く思いました。  また、インドの秘境、ラダックの件では、小林さんと初めてお話したときに、エコの旅をしていると言われていたことを思い出しました。  「ITという怪物は渡り鳥のようにパスポートもなしに瞬時に”この世の今”の拡大情報をとばす」。と書いてありました。 これから地球はどうなっていくのだろう、地球上のすべての人が貧困から脱し、水、食糧、安心して暮らせる家があること、そのために、私にもできることがあるのだろうか、そんなことを考えていました。同時に地球本来の自然が残っている、その“土地を守ってくれている人たち”の生活の質の向上には、変わって行くことを止めるのは、難しいのだ・・・と漠然と感じながら読んでいました。  私にとっても、地球環境は大事なテーマですが、残念ながら、そのことと自分の生活を結びつけることがなかなかできません。せいぜい、ごみ分別と無駄をしないことくらいです。  ”我が魂の遍歴”でご自身のことを書かれていましたね。 私などの想像力では、はかることのできない世界があったこと、心が揺れ、涙が出ました。  私自身切なく悲しい思い出をどのように受け入れ乗り越えていったらよいかわからないことばかりです。 そして地球放浪の旅が小林さん自身の自分探しの旅であったこと、たった一人で歩き続けることで、なにかをたくさんみつけられたのだと思いました。 「偶然は必然である」という言葉を思い出しました。人はすべて出会うべくして出会い、繫がっていくのですね。  今の「主人の母の介護」という私の状況も、神様からいただいた「必然」なのかもしれません。 「追憶の蔵は満たしておきたい。」「清潔なベッドの上で行う"何か”のアイデンティティー(存在証明)が必要になる」の言葉にとても共感しました。思わず「そうだ!」と思いました。  漠然と「義母の幸せとはなになのか・・」そして「主人と私自身の幸せとは」と考え続けている私には、ひとつの答えをもらったような気がしています。  折りしも、「最強の二人」という今話題の、介護をモチーフにしたフランスの映画を見てきたところです。 体が動かない状況で、自分がなにものであるか知りたい欲求、他の誰かと共感できることがどんない素晴らしいかということを感じ、笑い、そして泣いて心満たされる思いでした。  私にも人生90歳時代をデザインできるでしょうか。 これは、小林さんとお話していていつも感じることなのですけど、やろうと思えば何でも出来る!ということです。 いや、違いますね・・・”出来る”のではなくて”やる!”なのですよね。  旅をする中で、自分の中のすべてを生かして、驚き、苦しみ、楽しみ、感動し、なおまた、成長していく姿に感動しました。私も、猛烈に旅をしたい気持ちです。知識欲や、「なにかしないと!」という気持ちがわいてきました。「豊かな人生を送りたい」欲求が湧いてきました。  いつも、きらきらしている小林さんに元気をいただいています。    講座で悩んでいる私に、「主婦と仕事と介護をしているだけでもえらいじゃない、自身を持って!」と言ってくださったことを時々思い出し、元気になります。