ほぐす

 冷蔵庫のパネルに触れただけで引き出しがスート出てくる。省エネのLED照明器具は、軽くボタンに触れるだけで点灯し、明るさも切り替わる。その昔、釣り下がった紐を引く時の小さな筋肉の出番がない。あらゆる電化製品しかり、リモコンのボタンや、タッチ操作で事足りる。

 ヒト族は、生活を営むために体を動かす場所を失くした。その分、スポーツ・ジムなどレジャーを兼ねた施設が大盛況だ。これを「生活の質が向上した」と錯覚していたのではと思う。エレベーター&エスカレータを多くの健常者が使い、階段で脚とお尻の筋肉を使うことを止めた。様式トイレが普及し、膝や腰を痛める人が増えた。筋肉は、使わないから使えなくなる。昔はなかった”運動不足”という病だ。別名、生活習慣病という。

 かくして、便利過ぎる超高齢社会は、医療費に膨大な予算を計上する社会になった。 この現象に、どのTVチャンネルも、便利な機器の宣伝で占められる。自分で動かずに、機器に、メタボリック症候群を修復してもらう代物である。次次にモデルチェンジされた新製品が登場する。

 「贅沢」というコストをかけて出来上がった不具合体型を、さらに新たなコストをかけて解消するという、珍妙な現象である。どちらも、景気指標の「消費」としてカウントされ、GDPの統計要素になっている。

 IT革命が止まらない。この業界の進化が、人間の生活を、根底から変えたことは確かだ。何事も効率的になり、ヒト族の生活の質を変えた。一方、情報過多に翻弄され、情報の捨て所に迷っている。インプットしても、アウトプットができない。ストレスの蔓延で大切なコトやモノを失ったことも事実である。正常な精神と健康である。

 私は、やがて、席巻するであろうAIと5Gいう頭脳は、ヒト族の体型も一枚皮の比率も変えてしまうに違いない。何分、筋肉を使ってすることがなくなるのだから、大きな頭と細い腕と手、細い脚のヒト族が、自動運転の車で極上の笑顔で移動する。そんな夢を見た。
うつくしい背中に挑戦して数年、私に、疲れずに効率よく歩ける、それなりの姿勢が戻った。年々、劣化する細胞には抗えないが、わが肉体の可動範囲を狭めない工夫を続けていたい。一枚皮の小さな筋肉の悲鳴を聞く前に・・。日ごろ動かさない筋肉を、まんべんなくほぐしている。「ほぐす」という地味な作業が意外と効果的だった。
右利きの私が左手で、庭の雑草を抜いている。一%の足裏をいたわりながら。


あの日のレマン湖畔の男性のように、背中でものを言ってみたくて・・。

アイスランド

アイスランド デティホスの滝