城崎温泉

柳とゆかたの似合う湯の街である。1300年の歴史を持つこの温泉は、あまたの文豪が愛したところで知られる。志賀直哉・島崎藤村・有島武郎・与謝野晶子と枚挙にことかかない。風情ある温泉地だ。後に、暗夜行路を発表する志賀直哉は、この三木屋の宿に滞在し、「城崎にて・・」を残している。足湯で一休み
極上のコーヒーガ飲めるというカフェ七つの外湯めぐりができるが、泉質は同じで三つが限度だった。

天橋立

車を日本三景の一つ、天橋立に向けた。丹波の黒豆で知られている。道の駅で数種の黒豆を買い求めた。傘松公園へはリフトが整備されている。

智恩寺(日本三文殊のひとつ)

舞施橋

 

天空の城 竹田城跡

 2019年7月、思い立って「天空の城」を訪ねた。TV映像で雲海に浮かぶ城址に、旅情を誘われた。この景観に出遭うには、対岸の山に出向き、種々の条件を満たさねばならない。丹波・播磨・但馬の交通の要所に位置する。

 580年前の築城という。何人もの城主を変えた城跡を歩くことにした。標高350mの山城まで歩いて40分。緩やかな勾配のカーブの道路は、アスファルトで整備されていた。管理された杉林がオゾンを放出している。

マイナスイオンが溢れているのか、坂道の歩きも疲れない。城跡を歩く時間を入れて約2時間の観光である。


往時の兵たちは、直行の急こう配の近道を歩き、強靭な肉体を作ったのだろうか。風雪に耐え、震災に耐えた石垣に歴史をかさねた。野面積みという石垣に、懸命に生きた人間をかさねた。羽柴秀長・桑山重晴・赤松広秀と城の主を変えた城跡である。

城跡を散策した。天守台の跡・二の丸・三の丸と南北400m、東西100mの広さだ。

アマゾン ジャングル

二色(ふたいろ)に流れる川
 小型船でリバー・クルーズにでた。
市街地から三キロの地点にある、アマゾン本流と支流のタバジョス川が、合流するところだ。ジャングルの樹液を含んだコーラ色の支流の水と、アマゾン本流のデカフェの水が混じり合わずに、二四キロも並んで流れている。
船は徐々に、ドラマチックな川の色に近くなる。確かだ。二つの色の水が別々に流れている。カメラを構えてシャッターを押す。ところどころ、小さくまじりあっていて面白い。ちょうど、コーヒーにミルクを入れた時のように・・・。


 やがてボートはマイカ・レイク自然公園に向けて支流を遡った。
支流の川岸に現地人の生活が見える、船に向かって手を振る子供がいた。が私は振り返すことが出来なかった。ここに観光に来て写真を写す人と、被写体になる粗末な家の暮らし、その格差の仕組が見えるからだ。六年前、ヒマラヤ山系を歩いた時、日本人が身に付けている最新の装備や高度計が、一瞬、恥ずかしく感じたのと似ている。それは、ポーターやシェルパの澄んだ目と健気なひたむきさに対してであった。岸辺の子らに手を振ってあげる方が良かったのかも知れない。

ピラニア釣り
 船頭が船を停めた。ガイドが各人に、杼(ひ)に巻いた釣り糸を渡した。釣針に生の牛肉の小片が付いている。船の下に垂らして待つことしばし、ガイドは手ごたえがあったら知らせるように言うが、私の糸は全く反応しない。肉食の淡水魚piranha(ピラニア)は今、満腹なのだろう。すると、後ろで誰かが釣り上げたらしい。鱗がキラキラ光るピラニアの鋭い歯を見せてもらった。直ちにフライにされたのを試食した。味付けに塩と香辛料が添えてある。鯛のようでなかなか美味。
アマゾンの川幅は場所によって大きく変わり、このサンタレンでは五〇キロにもなる。一番狭いところでも一.八キロという、世界一を納得した。

二色に流れる川

ボカ・デ・ヴァレィリア(Boca da Valeria
船は、川岸から離れたところに停泊し、小型船で岸辺の村に上陸した。
たった七五人が生活しているという。それにしては多すぎる子供たちが、船から降りる観光客を待ち受けていた。村を案内してチップをもらうためだ。私一人に、三人の少女とひとりの少年が付いてきた。英語はあまり通じない。ジャングルのルートへ歩いてゆくと、山手へ登り口があった。身振りでこの道は登れるかと聞くと、案内するという。急な坂道を五分ほど登り広場に出た。小さなサッカー場のようでポールが立っている。
 こんなところへ案内する客は初めてなのだろう。彼らはキャッキャッとはしゃいでいる。固いスダチに似た木の実を拾って、食べ方を教えてくれた。年齢を聞くと一五歳というが幼く見える。少年が樹から、マンゴをもぎ取って私にくれた。薦められ皮を剥ぎ、ふくよかな香りと深い甘みを賞味した。南国の味だった。現地では、物を食べないというクルーズ船の規則を初めて破った。

 彼らの通う学校に案内してもらった。片隅に古い地球儀が置いてある。彼らにJAPANの場所を教えると「ジャパン、ジャパン」と言いながら、小さな国を指で押さえていた。
船が着くと、この学校の授業も暫時休止。小さな教室には数個の椅子と黒板だけで
机はなく、中年の女性教師が椅子に掛けて外を見ていた。私は教師に挨拶し、写真を撮らせてほしいと言うと、ゆっくりとうなずいてくれた。うつろな表情だった。教師の気持が解るような気がする。
彼らと一時間ほど一緒に過ごし、四人にガイド料として、一人二米ドルを渡して別れた。彼らは、次のお客さんを捜して稼がねばならない。
彼女たちは肥っていた。観光客が与えるチョコレートや菓子で、おやつに不自由しないのであろう。しかし、彼らが本当に求めているのは、まだ見ぬ遠い世界の文化や情報なのかもしれない。

村の学校

アマゾン・ジャングル
少女たちと別れた後、まだ、母船に戻るまでは、数時間を残している。
密林の細いトレールを数名の乗船客が歩いている。滴るような濃い緑の植物が茂っていた。精いっぱい炭酸ガスを吸い込んで、酸素を排出している“地球の肺であり、地球のエアコン”がここである。
先に、密林に入った人たちが戻って来た。「この先に何がありますか」と聞くと「何もなくて、道はエンドレスだよ」という。小雨が落ちてきたが、雨天兼用傘を持っている、飲み水も十分だ。マラリヤ対策に三種類の虫よけグッツを使っている。私の足は「まだ先を歩きたい」と催促する。時計を見て戻りの時間を逆算し、エンドレスの道を歩きだした。

密林

西洋医学で使う、医薬品の原料になる薬草の二五%は、アマゾンの熱帯雨林で発見されているという。未踏の原始の森に、地球上の生物遺伝子の半分が眠っているとは驚きだ。世界でも類まれな台地であり、別名“種の避難場所”との説が頷ける。学者は言う。
「徹底した調査研究がされる前に、動植物の絶滅が進んでいる」と。
「この植生に、二億年前のDNAが残され、遺伝子工学上の宝庫として世界のバイオ企業が注目している」との説が納得できたのは、四日前の探検で葉切蟻の生態を見たからだ。
いま、私が踏み歩いている道の両脇の植物も、貴重な薬草かも知れない。密林を歩きながら、目をこらし小さな蝶やバッタを、花やキノコをカメラに納めた。どれにも、隠された壮大なドラマが眠っていそうで・・・。

湿度が高くて、汗びっしょりの密林ウオークだが、気分は爽快なのは、溢れるオゾンのせいだろう。

気候変動(Climate(クライメェート) Change(チェンジ))が議論される時、いつも、言及(げんきゅう)されるアマゾンのジャングル、熱帯雨林の伐採が問題になる。豊富な真水の肥沃な土地は、容易に農地に転用され、大豆や米になり海外へ輸出されているからだ。「ジャングルを伐採してはいけない」と人は言う。しかし、ジャングルのままでは、彼らの生活は変わらない。流域から客船で、空路で、webで、文明や情報が運ばれてくる。ジャングルを農地に変えることで、生活の質を変えた人々に、否とは言えない。人は知ってしまったことを、知らなかったことには出来ないのだから。
毎年、失われる熱帯雨林は、増加し続けている。

 日本の一六倍のアマゾン流域。私が足を踏み入れたところは、ごく一部の点でしかないが、しっかりとわが足と皮膚で感じて戻った。このウェットな感触は、他では得られない体験だった。原始太古の自然が息づく密林とは、日々、慌ただしく生きる人間という生き物が、どこか滑稽で哀れにさえ思えるジャングルのことだった。

ベリーズ

中米の真珠 ブルーホール

セスナのパイロット運営会社社長と

カリブ海に浮かぶこの青い穴に魅せられてベリーズ国を旅したのは、10年前になる。私のカメラでこの画像は撮れない。3人乗りのセスナで写せたのは・・神秘な物語を秘めたサンゴ礁

カラコル遺跡のてっぺんに立つ バンザイ

マヤ歴のカレンダー

 

カラコル遺跡を散策

マンゴ

ガイドと一緒に

ふるさとの味


丸茄子の記憶

丸小茄子

 

 テーブルに,ライ麦パンにピクルスとターキーを挟んだサンドイッチが運ばれた。まず、ピクルスに手が伸び、思い切りカリッと噛んだ。その音で、隣のテーブルの二人の中年女性が振り向いた。あっ、そうだった。ここは西洋文化圏、食べる時の音はマナー違反なのだ。

 コッツウォルズ(英国の田舎村)のフットパスを三日間、ひとりで歩き終えた日のレストランである。疲れ切った体が欲したのが、漬物代わりのピクルスだった。

 窓から見える蜂蜜色の家の屋根に、私の思いはいつしか、六十年前の郷里に飛んでいた。山形県の置賜盆地で食べた“丸小茄子の一夜漬け”である。
 巾着型にコロンとしたひと口大の丸小茄子は、蔕(へた)の下が萌黄色で下部に冴えた茄子紺色が広がる。頬張ると藍色の薄い皮が弾け、果肉のブリッとした歯触りがたまらない。噛むほどに、うまみ味が口に溢れる。これが、麦ごはんとの合性が実にいい。

 当時は、六~七歳になると家事を手伝うのが当たり前だった。丸小茄子は、朝早くに収穫する。腰に大きな籠を下げ、小鋏を持って手伝った。もぎたての小茄子の蔕(へた)には、チクチクする棘がある。屈みこむと、朝露に濡れた紫色のやさしい花が頬を撫でる。茄子の木の葉陰から、「ここにいるよ!」とばかりコロッと顔を出してくれた。直径二~三センチぐらいが収穫時だ。「ちょっと小さいから明日まで待っていてね」。中に大きくなり過ぎたのがある「葉っぱの蔭で見つけてやれなかったね」と話かけたものだ。

 堆肥と有機肥料で丁寧に造られた黒い土、そこで育つ食材は、究極のオーガニックだ。育ち盛りの胃袋は、何を食べても満足したが、あの頃の暮らしに根差したあの味は、いまや“幻の味”なのである。

 食卓から季節感が失われて久しく、待ちこがれる味がなくなった。何と多くの食材に慣れてしまっただろう。いつでも、何でも食べられる時代、これは幸せなのか?と思う。

地球をひとりで旅する私は、チーズやピクルスだけでは物足りない。
いま、長寿国日本の食材が注目されている。常々、発酵食品と共に日本の漬物文化は、世界に誇れる遺産だと思っていた。沢庵や丸小茄子を噛むときの、カリッという音にこそ価値があると思うのだが・・。願わくは、食事を楽しむ健康な音(sound)として、ハードと共に伝わって欲しいものである。

 振り返ったご婦人たちに、“うっかりマナー違反”を詫びる思いを添えて、笑顔で軽く会釈した。すると、ひとり旅の東洋の女性に優しく“No problem” と、にこやかに微笑んでくれた。

はちみつ色の家

 

メルボルン

 語学留学したメルボルンから休日に、オーシャンロードを、観光した。

ダイナミックな海岸線、雄大な自然を満喫

メルボルン オーシャンロード

コアラ

ツアーガイド