大河 アマゾン

二色に流れる河

ジャングルの樹液を含んだコーラ色の、支流の水と、アマゾン本流のデカフェ色の水が混じり合わずに、24kmも並んで流れている。なんともドラマチックだ。よく見るとところどころ小さく混じり合って面白い。ちょうど、コーヒーにミルクを入れたように・・。

アマゾン支流の川岸に原住民の生活が見える。大きなはすの葉の池にワニが生息している。その池の傍にナマケモノがいた。動かない。初めて見る動物である。

ナマケモノ

TV番組 森はよみがえる・・アマゾン熱帯雨林を守れ

 地球の肺といわれる,アマゾン流域の地下に含まれる水は、世界の河川の6割になると聞いていた。世界でも類まれな大地なのである。昨今、北半球を襲った熱波・寒波・巨大ハリケーンの遠因は、地球の肺が疲弊しているからでもあろう。

気候変動が、議論されて久しい。いつも、アマゾンの熱帯雨林の伐採が問題にされてきた。豊富な真水と肥沃な土地は、容易に農地に転用され、大豆やコメになり、海外に輸出される。 
ジャングルを伐採してはいけない。」と人はいう。しかし、ジャングルのままでは、ここに住む原住民の生活は変わらない。世界各地から客船で、空路で、WEBで文明や情報が運ばれる。私も運んだ一人である。農地に変えることで生活の質を変えた人々に、否とは言えない。人は、知ってしまったことを、知らなかったことには出来ないのだから。本質は、伐採しないでも暮らしが成り立つ、仕組みを作ることではないだろうか。

人口増、貧困、教育、移民など問題は多岐にわたるがゆえに、いま、世界の英知が問われているのだと考えたい。
西洋医学で使う、医薬品の原料の薬草の25%は、アマゾンの熱帯雨林で発見されており、未踏の原始の森には、地球上の生物遺伝子の半分が眠っている、種の避難場所だと化学者は言う。「徹底した調査研究がなされる前に、動植物の絶滅が進んでいる」と。

 10年前、私はこの密林を歩いていた。船は、ボカ・デ・ヴァレィリア(Boca da Valeia)に停泊し、6時間のジャングル探検だった。草の道が、エンドレスに続いていた。細いルートの両サイドの草は、貴重な薬草かも知れない、溢れる緑の草木や樹林帯を歩きながら、目をこらし、小さな蝶やバッタを花やキノコをカメラに収めた。3時間余り歩いた。湿度が高く汗びっしょりだが、気分は爽快、あふれるオゾンのせいだろう。

 アマゾンの熱帯雨林の樹木層は、高さは70Mもあるのに対し、土壌は数十センチしかない。木が伐採され、焼かれると、薄い表土が雨水で流され、回復不能になる。密集した樹林自体が風雨を防ぐ土壌は微生物によって葉や枝、虫などが分解され、生態系の循環が行われていた。この見事なバランスによって、保たれていたのである。
 原子太古の自然が息づく密林とは、日々、あわただしく生きる人間という生き物がどこか滑稽に思える場所であった。私の皮膚と脚の感触である。

27年間にわたる、アマゾン創価研究所の地道な活動を視聴して、まだ間に合うのだと明るい希望を抱いた。
種子銀行」によって再生されてゆく森、生まれた子に苗木を贈るプロジェクトは、日本のみならず世界中で可能だと思った。
 池田先生のブラジル訪問から60年。先生のグローバルな視点は、すでに今を見据えられておられたことに驚きを覚え、そして何よりも誇りに思っている。

終活

モニュメントバレー

私のHPは10月末でクローズします。レンタルサーバーの契約解除、接続情報やドメインの解約などなど、複雑な作業が手に負えなくなる前にの決断です。

主に旅をテーマにアップしていましたが・・・。しばらく、余韻に浸りたくて数枚を載せました。

カリブの夕日

アイルランド、ケルトの遺跡

タイランド 象の村

スリランカ

リビア砂漠 ラクダ

キリマンジャロ キボハット

英国 ストーンヘッジ

 

今何してる?

Facebookに“今なにしてる?”というコメント箇所がある。このイージーさがいい。


異国でご縁を得た友人たちと,短い文章で近況を知らせ合い、写真を共有するのに実に便利だ。

数年前になる。ロンドンのThames River 河畔で初老の英国人に「日本人ですか」と声を掛けられた。丁度、河畔のパフォーマンスに見とれていた時である。一瞬,ギョッとした。柔和な笑顔で「僕は日本人の友人を持っている」と嬉しそうに絵葉書などを見せてくれた。直感で警戒を解いた。

前日、コッツウォルズのウオーキングから、ロンドン市内に入り、市内サイクリングツアーを終え、ぶらぶら、テムズリバーサイドを散策しながら、ホテルに戻るところだった。彼(M氏)と自己紹介をしながら、一緒にロンドンブリッジを渡って別れた。彼は奥様を亡くし、ひとりでリバーサイドを散歩しながら、旅をしている日本人と交流するのを楽しみにしていた。帰国して一度メールを交換したが、以来、用事もなくて疎遠になっていた。

ところが、私のFacebookにM氏から友人承認のリクエストとが届いた。彼は最近Facebookデビューしたという。思わずあの時の彼かと確かめていた。

友人

M氏が作った折り紙細工

昨日、ロンドンブリッジに、オリンピックの五輪のモニュメントが掲げられた。英語で彼にコメントを届けた。

後日、英国を旅した時、彼に再会し、美術館を案内していただき、オリンピック会場跡地をご一緒に観光した。ホテルまで送っていただき、近くの八百屋さんで求めていたらしい蜜柑をいただいた。忘れ難い。「いま、何してるかしら?」

ロンドンオリンピック会場跡地

ケーブルで

彼に写してもらった写真である。私が、Facebookのカバー写真やプロフィールを変えると必ず、メッセージが届くのがうれしい。

いま、何してる?

記憶の scenery

あの日、あの時、あの場所で、夢中でシャッターを切った。心動かされてレンズに残した写真である。万を超える画像は、外付けハードディスに納めている。HPからも容易いに探せるのがありがたい。「今ではもう出来ない」追憶になったそれぞれを、拾っている。

アイルランド、イニシュモアの断崖

ちょっと待て! 飛び込むのは・・。

この場所には、バスや自転車では入れない。歩いてきて初めてこの景観に出遭える。大西洋の彼方から巨大なうねりをつい食って押し寄せる波は、岸壁に激突し高く飛び上がり砕け、叫ぶように白く散ってゆく。

メンバーはいつまでも黙して動かない。岸壁の波の叫びを聞いていた。ここでまた、私は、時間を止めておきたい場所に出遭えた。マチュピチュの遺跡のように・・。

キラーに国立公園へ

滝   デティフォスの滝(アイスランド)

ヴァトナヨークトル氷河を水源とする落ちる滝のこと。幅100m、落差40m水量毎分200立方mはヨーロッパ最大。各地で多くの巨大な滝を見てきたが、この滝は別の姿を見せる。魂が激しく揺さぶられるような轟音を発して駆け落ちる灰色の水。2009年の噴火の火山灰で黒くなった氷河の水だ。温暖化で水量は増えている。まるで羊の群れのように黙々と黒い塊が断崖を落ちていった。

2011年7月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイスランの「慈恩の滝」という名前は、かつて病で苦しんでいた龍(大蛇とも)を僧侶が癒したという伝説に基づいています。また、慈恩の滝は別名「裏見の滝」とも呼ばれており、滝の内側から眺められる遊歩道も設置されています。

天領の街 日田

江戸幕府の直轄地・天領として栄えた日田の豆田町を歩いた。

豆田町


「雛御殿」。そこには約3,800体のおひな様が一斉展示されていた。目を見張る驚きだ。天保14年に三代目当主が全国から収集し始めたのが始まりで、江戸時代~現代に至るまでさまざまなおひな様が飾られていた。写真撮影ができると聞いて鑑賞した。無形文化財の人形師「原米州」、「大木平蔵」の作品である。飽きることがない。また「日田祇園祭」の部屋もあり、艶やかなミニチュア版の山鉾など時間を忘れて見入った。

日田駅の駅舎は木造で、街の雰囲気に似合っていた。

日田駅