世界の山旅 NO 6  人の社会 ナスカの地上絵

インカひとの残した石の道

インカひとの残した石の道

ともあれ、ここに確かな「人間の社会」があったのは事実だ。敵に備える強力な団結組織が出来ていたであろう。太陽神の神殿を中心にした社会に違いないが、そこには同時に富の蓄積から起きる紛争や犯罪も、権力や更迭にまつわる愛憎もあったと思う。 物流や経済の仕組みや家族の構成はどうなっていたのか、女性が高い地位で活躍した形跡があるという。リャマ、アルパカを飼い、織物や染色も担って食材を工夫する様子までが彷彿と浮かぶ。既にサイフォンの原理が利用されていて、石で作った潅漑設備があり、標高2400mの山の斜面を利用した段々畑に農作物も豊かだったらしい。農業試験場のアンデネス(段々畑)まであり、高地に強い作物が研究されていたというから驚きだ。 どこかから子供達の歓声が聞えてきそうな・・・。限りなく想像力を刺激する石の都だ。 現在マチュピチュ遺跡は、ペルー観光の目玉であり、インカ文明の石の都市が完璧に近い形で残している奇跡的な遺跡と云われている。 後世、「失われた都市」に眠っているはずの莫大なインカの財宝に強い関心を持って、多くの探検隊が、ビルカバンバ山群の奥深くに入り探したが、再び生還しなかったという。マチュピチュの街ウンニャワンヤ遺跡③ 消えた財宝の行方は今も謎である。だからこそ世界の観光客を呼び寄せるのであろう。 大地に残る古代のメッセージ ナスカの地上絵 リマの南約450㎞、果てしなく続くパンパと呼ばれる、乾燥地帯に描かれた謎の地上絵。紀元後、約800年頃に栄えた「ナスカ文化」時代に描かれたというこれらの絵は、直線や幾何学図形、動物、魚、虫、植物などさまざま。上空からでなければ分からないほどの巨大な絵を残した理由は? ナスカ文化時代には、高度な技術と豊かな絵心を持った人たちがたくさんいたと考えられる。その証拠に、ナスカの織物はプレ・インカ文化のなかでもとりわけ美しく、出土した土器に描かれた抽象画にもそれが伺われる。 この地上の謎の絵は1939年にアメリカ人のポール・コソック博士が飛行中に発見して以来、自然科学者や考古学者の注目の的になり研究者は多い。地上絵は何を意味するか誰がいつ何の目的で描いたのか、さまざまな仮説が立てられている。真相は謎を秘めたまま、いまだ定説はない。故に人々の好奇心はいやがうえにも高まる。 私たちはセスナ機に分譲し、イカという砂漠の町から飛んだ。ここでもペルー時間、随分待たされて、やっと空から地上絵を目の当たりにした。12人乗りのセスナ機は軽やかに飛び立ち、アンデスの山と砂漠の起伏と、風紋状の奇妙な地表のパノラマを見せてくれた。 パンパの沙漠を140km飛んで、地上絵の上空に着いた。 パイロットは片言の日本語で「ミギ、ハネノシタ、サル、ワカッタ?」と大声で教えてくれるのだが、さっぱりそれと判らない、やたらに砂漠の風紋のようなものと、線ばかりが目に飛び込んでくる。ビデオで見たような形の絵が探せない。すると機体は大きく右に傾き、左に旋回する、たちまち左に傾き右に大きく旋回する、両窓側の客に見せるためだ。内臓がグニャグニャに揺すられ、備え付けのビニール袋を使う人も数人。私は左側下だけを見ていたが気分はそう良くはない。ようやく、ハチドリ、クモなどが薄く視界に入った。目が慣れないとそれと解からない、それほど薄くかすかにしか見えない。カメラを向けるもうまく写し取っているかどうか。写真はあきらめて、わが眼を見開きビデオで見たよう図形をひたすら探していた。 雑誌やTVの鮮明な画面は、ヘリコプターで近くにせまり、静止画像が取れる特別の装置が使われているらしい。とはいえ、このようなロケーションの中に、こんな風に描かれていたとは想像外であった。 ほとんど雨の降らない標高620mのパンパの乾燥大地、その表面は数千年の間、太陽に照らされて酸化しうす黒くなっている。その薄黒い小石を、高さ10cm,幅20cmを除いて出来た白い砂の溝が、線や図形のようになっている。これが地上絵だ。いずれも、一筆で描かれているのも特徴で、 研究者達はいろいろの仮説を説いている。太陽を利用したカレンダー説、天体観測説、雨乞いの占い説、宇宙人説など・・。 最近のNHKの番組では、これらの絵は水に関係するものが多いという。特に滑走路のように見える5キロにも及ぶ幾何模様は、延長線が指し示すセロブランコ山からの伏流水の水路だという。これらの絵は、天空の神に見せるために捧げられたものだと報じていた。 また、30年以上単身でこの地で研究した、ドイツのマリア・ライヘ博士(女性)は説く。主な絵は星座の12宮を示していて、農業に利用していたという説である。大きなサルの絵が「Osa Major」の星座と完全に一致することが判明し、数学的理論の立証もライヘ博士自身が行ったという、このサルの絵には、渦巻き上の尻尾と腕があり、手の部分では、片方の手の指は5本で、もう片方は4本、ナスカの人々はこのサルの絵によって、一年の四季や、川の水の干満を知り、農作業に活かしていたというのだ。 不毛の大地に生まれたナスカ文化は、太陽と水と星座と月と、やはり天体、自然崇拝の色が濃く、宇宙サイドの考え方がベースになっていたようだ。