きみ子物語

希望

南に吾妻連峰、北東に奥羽山脈が連なる置賜盆地、山形県東置賜郡高畠町露藤が私の生誕の地である。四季が違わずに訪れていた幼い日、闇夜に舞う蛍を葱の葉に入れて蚊帳の中に持ち込んだ。すすきの穂波に赤トンボを追いかけた、厳寒の冬、表面が堅く凍った雪の上を「カタユキコンコ」と囃(はや)し立てて走った。父の編んだ藁沓を履き、母の手作りの綿(わた)頭巾(ずきん)をかぶり、半纏(はんてん)を着た女の子の頬は、吾妻おろしに晒され、“オテモヤン”のようにカサカサに赤らんでいた。やがて雪解けの遅い春、土の匂いと一緒に雪の下からのぞく緑の雑草が殊のほか愛しく「希望」そのものだった。

忍耐

故事に“若い時の苦労は買ってでも・・”とある。それは、私の生い立ちにすでに用意されていた。11歳(小学4年)、病気で入院した母の看病をしながら、病院から5キロの道を学校に通った。14歳(中学2年)で母を病で亡くしている。その時、2歳半になっても歩けない、発育不全の妹がいた。年の離れた妹の世話をし、冷たい川でおむつを洗い、背負って学校に通った。そのことを克明に綴った古い“14歳の日記”が残っている。8か月後、彼女も母を追って逝った。

家族にも語っていなかった事実を著わし、母と妹への鎮魂の思いをこめて、2012年9月、二冊目の著書“地球ひとり旅・我が魂の遍歴”を出版した。

  先進

上杉鷹山公が興した藩学「米澤興譲館高校」で学んだ。風格ある学び舎の講堂前方に、上杉鷹山公と細井平洲の大額縁が掲げられていた。男とか女とか意識しすぎず、「人にできることは自分にも出きるかも知れない」という考え方は、ここで身につけたのだと思う。

三年後、経済的な理由で大学進学を諦めた。後年、“学び足りない”思いが、66歳での語学留学(メルボルン)になり、地球ひとり旅になっている。

大方の級友が進学する中、上京し某証券会社に就職した。時は、戦後復興で経済が動き、神武景気と呼ばれる成長期だった。日本のウォール・ストリート(茅場町)である。しかし、東北なまりが恥ずかしくて、電話のベルが鳴るたびにおびえていた。「ダッテサアー・・」「ソレデネーエ・・」と語尾をキュッと小気味よくあげる同僚がなんとも羨ましくて・・。丸顔のオカッパ頭に赤い頬、“マメちゃん”の愛称をもらった。そんな私に虎ノ門にあるアメリカンスクールに1か月の派遣が決まった。ナショナル会計機のプランナーコース研修のためだ。進学校で比較的多く学んだ英語力が推薦の理由らしい。その頃から自分の居場所ができて、やがて、背伸びする滑稽さに気づき、田舎者を恥じることを止めた。「経済新聞」へのかかわりもこの時機が因になっている。

  退職・結婚

4年後、21歳、初めてブルートレインに乗り、ある男性を博多に追いかけた。一年後に結婚。

子育て半ばでエネルギー関係会社に再就職。経理・人事部門を担う傍ら、社会保険労務士試験に挑戦し資格を取得した。国家ライセンスの取得は、私の職場環境と労働法界の見方を大きく変えた。

徐々に昇進昇格し、裁量権を持つことになる。恵まれた職場で、給料をいただきながら、多くを学ばせてもらった。社会の仕組み、人間の持つ可能性などである。定年退職後(61歳)、各種ライセンスをベースに「きみヒューマンワークス」を立ち上げ、講演・講座・執筆を受託していた。日経新聞をツールに“情報を知恵に変える”など・・2009年に閉鎖。

  晩年の発見

2004年、夫が急性心不全で霊山に発った。心の整理がついた頃、自分に残された命の時間をどう消化すればいいのかと考えた。「今ならまだ出来るかも知れない・・・が、今しかできないことを始めてみよう。やがて、必ず、今ではもう出来ないになるのだから」と結論した。

私が加齢に抵抗し、晩年への助走に選択したのが、“地球ひとり旅”だった。日経の国際政治・経済欄で目にした国々が俄かに身近になる。私はいつか、情報を行動に変えていた。

日本語を絶ち、アマゾンのジャングルを、アラスカのタイガの森を、英国のフットパスをひたすら歩きに歩いた。客船でスエズ運河を通過、日(にち)埃(えつ)友好の橋を誇りに思い、紅海からソマリア沖、アデン湾を抜けインド洋からドバイに上陸し、ギリシャに飛んだ。ギリシャ財政危機2か月前である。

各地に異国の友人を得た。異文化は、気候風土や歴史、宗教によって培われた多様性であり、違いがあるがゆえに価値があると知った。

チリの高地にあるアルマ天体望遠鏡から見たら、みな“地球人”である。一人の旅は、地球自体が自然であり、宇宙の遺産だと教えた。

今しか出来ない”第2章を探そう。限界まで我が肉体を自分で動かそう。覚めた目で我が老いの時間を観察し、新たな思索の旅をしよう。“晩年の時間よ、輝け”自分で創った作品(私)は、未完のままだから・・・。ドイツの哲学者ニーチェは言う“脱皮しない蛇は破滅する