The Aamzon River 紀行 その2 

アマゾン河口→サンタレンAmazon River 河口 デルタ流域 目覚めると船はアマゾン川のデルタ流域を左に7~10ノットでゆっくりと航海していた。ルームのTVに写される船のPosition北緯から南緯に変わっていた。赤道を通過したのだ。気温は29度、意外に涼しい。 アマゾン河口といっても、東京から大阪ぐらいの広さがあり、その中にいくつものデルタ(三角州)がる。河口都市ベレンが最も大きく人口120万人。アマゾン流域全体は日本の16倍の面積があり、宇宙船からの映像がある。 いくつものデルタの島が現れては船の後ろに消えてゆく。この辺りは海水と淡水がまじりあっていて淡水化した魚やドルフィンも生息するという。船の最上階に出て川岸の密林を見ていた。地球儀では丁度、日本の裏側あたりか、東南からの穏やかな風が頬に心地よい。 アマゾンの気候は、乾季と雨季でその表情を大きく変える。雨季には水面が10mも高くなる。樹木の上方に枯れ葉が絡まっているのが見られる。昨年の増水期に残されたものだという。今は雨季の始まり、気温は24度~32度程度と過ごしやすい。幾度か雨に降られたが長く続くことはなかった。 乾季では気温40度を超えるという。近年気候変動の影響か、乾季に雨が多く、雨季に少ない年や、急に水かさが増えることがあるので危険だと現地のガイドが話していた。 Crossing The Equator Ceremony(赤道通過儀式) Amazon Riverの中間点の町Santarem(サンタレン)まで2日間は船の上。 船内のオープン会場で赤道通過儀式が行われた。ローマ神話に登場する海の神Neptune(ネプチューン)に航海の無事を祈念する行事らしい。Crewや乗客が出演して賑やかに行われていた。キャビンに戻るとキャプテンから私の名前入り“Crossing The Equator”の証明書が届いていた。 Santarem(サンタレン) いよいよ、Brazil入国、昨日、アナウンスがあり各自パスポートをReceptionに提出した。 ブラジルの領事館員が乗船してくる。Visa とYellow Feverのチェックを受け、入国の刻印が付されて、パスポートはそのまま下船直前まで預かってもらう仕組みになっている。 11日目、アマゾン最初の寄港地Santarem(サンタレン)に着いた。人口265,000アマゾン流域で3番目の都市だ。かつてゴムの産地で賑わった所だ。配布されるインフォメーションにはRelatively quiet little River Town(比較的に静かで小さな町)と書かれていた。 穀物輸送用の横断道路建設工事が進められていた。BRIDSの経済圏である。 私はここでのオプションに River Cruise を選択していた。 サンタレンの市街地から3kmの地点にある、アマゾンの本流と支流のRio Tapajos River(タバジョス川)が合流するところだ。澄んだ青い水とコーヒー色の水が混じり合わずに15マイルも続くという・・・。空が曇って今にも雨になりそう・・今は雨季である。 船が徐々にドラマチックな川の色のスポットに近くなる。カメラを構えてシャッターチャンスを待つ。   やがてボートはMaica Lake自然公園に向けて、支流を遡った。 淡水化した珍しいピンクイルカも生息している。ガイドがLook!と教えてくれたが、ちょっと尻尾が見えただけでカメラには無理だった。 支流の川岸から現地人の生活が見える、小舟で昔からの投げ網漁法で魚を釣っている。 白い鷺やバッハローもいる。 ピラニア釣り 船頭が船を止めた。ガイドから各人に杼にまかれた釣り糸が渡された。釣針に生の牛肉が付いている。 船の下に垂らして待つことしばし、手ごたえがあったらガイドに知らせるように云われたが、私のには全く反応なし・・。肉食の淡水魚ピラニア(piranha)は今、満腹なのか・・ すると後ろで誰かが釣り上げたらしい。鋭い歯を見せてもらった。 後でフライにして試食することに・・味付けに塩と香辛料が添えてある。鯛のようでなかなか美味。 アマゾンの川幅は場所によって大きく変わり、このサンタレンでは50kmにもなる。 ちなみに一番細いところで1.8kとか・・。 River Cruiseを終えてまだ時間が残っていた。もう、再び訪ねることはないであろうこの街を足で感じたくて、川沿いの遊歩道を歩きながら、陸から船着場や市場の魚売りを見て歩いた。魚の匂いに混じって、ハーブのような香りがする。どこかから賑やかにラテン系ブラジルMusicが流れてくる、人々は陽気に生活を楽しんでいる。 ひとり歩きなので街の奥深くには入れず、港の景色を見て船に戻った。 交差点の上に無数の細い紙がひらひらと舞っていた。Xmasの飾りなのか、誰かに聞くチャンスを逸した。 BOCA DA VALERIA Royal Princessは川岸から離れたところに停泊し、テンダーボートで小さなVillage村に上陸した。 たった75人が生活しているという。それにしては多すぎる子供たちが船から降りる観光客を待ち受けていた。村を案内してチップをもらうためだ。[#IMAGE|c0012333_11344090.jpg|201002/27/33/|mid|400|300ひとりの私に3人の少女とひとりの少年が付いてきた。英語は通じない。ジャングルのルートへ歩いてゆくと山への登り口があったので、身振りでこの道は上まで登れるかと聞くと、案内してくれるらしい。急な坂道を案内してもらってトップにでた。小さなサッカー場のようなポールが立っている。下りの滑りやすい急斜面を4人がエスコートしてくれた。木の実を拾って食べ方を教えてくれた。年齢を聞くと15歳と14歳というが幼く見えた。少年が私のカメラで記念写真を写してくれた。 私にマンゴを樹からもぎ取ってくれた、薦められ皮を剥いて甘い果汁を味わった。日本でも買えるが、このふくよかな香りと味こそ太古の自然の味覚なのだ・・と贅沢な時間だった。 その後、彼らが通う学校に案内してくれた。片隅に古い地球儀が置いてあったので、彼らにJAPANの場所を教えると、「ジャパン、ジャパン」と言いながら小さな国を指で押さえていた。 船が着けば小さな学校の授業も一時休止。教室には小さな椅子と黒板が・・先生らしい中年の女性が腰かけて外を見ていた。挨拶をして写真を撮らせてほしいというとゆっくりとうなずいてくれた。うつろな表情が暗かった。なんだか先生の気持が解るような気がして・・。彼らと1時間余りを一緒に過ごしただろうか?彼らも次のお客さんを捜して稼がねばならない。それぞれにガイド料ひとり2米ドルを渡して別れた。 彼女たちは肥っていた。観光客が与えるチョコレートや菓子にも不自由はしないのであろうが、彼らが本当に求めているのは、まだ見ぬ遠い世界の文化や情報なのかもしれない。 アマゾンの川岸にはこのような村が多く存在しているのであろう。 カーニバルの衣装をつけている少女がいた。写真を一緒に写して1ドル。 密林Walking 少女たちと別れた後、まだ、母船に戻るまでは十分に時間が残っている。密林に入る細いトレールが見つかった。数名の乗船客が歩いている。一見、日本の山の中と変わらないが、滴るような濃い緑の植物が生きていた。精いっぱい炭酸ガスを吸い込んで酸素を排出している「地球のエアコン」。今、私はアマゾン・ジャングルのど真ん中を歩いている。先に密林に入っていた人が戻って来た。「この先に何があるか」と聞くとNothing This route is endless. という。小雨が降ってきたが雨天兼用傘を持っている、水も十分だ。マラリヤ対策に3種類の虫よけグッツを使っている。私の足は「まだ先を歩きたい」と言っている。エンドレスの道を勇んで歩きだした。 西洋医学で使う医薬品の原料の薬草の25%アマゾンの熱帯雨林で発見されているという。未踏の原始の森には、地球上の生物遺伝子の半分が眠っているとか。 世界でも類まれな台地であり、別名「種の避難場所」との説も・・。 そこが徹底的に調査研究される前に動植物の絶滅が進んでいるとの学者の弁。 細いルートの両サイドの草は貴重な薬草かも知れない、溢れる緑の草木や樹林帯を歩きながら、目をこらし小さな蝶やバッタを花やキノコをカメラに収めた。日本に戻って整理していると1枚1枚が大切に思える。 資料によると、 「アマゾンの熱帯雨林の樹木層は高さが70メートルもあるのに 対し、土壌は数センチ~数十センチしかない。木が切られたり、焼かれると薄い表土が雨水で流され、回復不能な荒地と化してしまう。その理由は自然下においては、森林自体の生態系(密集した樹林自体が風雨を防ぎ、土壌は微生物によって葉や枝、虫などが分解され栄養素の循環が行われている。この見事なバランスによって表土の流出が行われない仕組みになっている。)         バッタが隠れていますが見えますか? 1時間は歩いただろうか、エンドレスの道はもう誰も歩いていない。戻りの時刻を計っていると前方に男性がひとりカメラを構えていた。同じ船の乗客で幾度かフイットネスClassで顔見知りの人でカリフォルニアから来ているという。一緒にもっと先まで歩くことにした。いつの間にか自然に会話を交わしていた。日本語を喋らないで約2週間、何とかなっている。 熱帯密林の細いトレールを3時間余り歩いた。汗びっしょりだったが溢れるオゾンのせいだろうか、気分はさわやかだ。 Climate Change(気候変動)が議論される時、いつも言及されるAmazon River 日本の16倍の広さの流域で、私が足を入れたところはそのごく一部。針の穴のようなものだがしっかりとわが足と皮膚ジャングルを感じて戻った。 カーニバルの町 Parintins(パリンティンス) 船はBoca da Valerisの村から45km上流のParintins(パリンティンス)という島の沖に停泊した。アマゾンに浮かぶ島、人口7万人の静かな町だが、毎年6月28日には“Boi Bumba Festival”(ボイ・ブンバ・フェスティバル)というカーニバルが開催されることで知られている。マナウス(ブラジル第2の都市)から多くの人が20時間もかけて船で歌い踊りながら陽気にここに集まってくるという。リオのカーニバルに次ぐフェスティバルで知られるAmazon Riverの中にある島だ。 “Boi Bumba には雄牛の叫びいう意味があり、人々は赤と青の組に別れて踊り競うらしい。女性は花や羽や木の皮などで飾られたカラフルな衣装をつけて、男性は上半身裸で顔にメークをし、サンバやボサノバリズムにのって踊り狂うという。 この祭りのため、観客席が赤と青に分けられた円形劇場が常設されている。観客も一緒になって、すさましい応援合戦が繰り広げられるという。アマゾナスの民族の誇りをかけてエネルギーを爆発させるのであろう。 このアマゾンの小さな町をTricycle(三輪車)に乗って観光した。天蓋の着いた三輪車の前に乗り、後ろでぺタルを踏む完璧なエコカーだ。漕ぎ手は、体重の軽い乗客が割り当てられるように願っているではないだろうか。 古代の原住民の生活を彫刻様に描かれた円形のモニュメントに案内してもらった。 ユニークな形の公衆電話ボックスがあった。さすがカーニバルの町だ。 明日は最終寄港地MANAUSに入り、6134mの航海を終える。

The Amazon River紀行 その3 

Manaus(マナウスParintins を昨日午後2時にDaparture、460km上流ブラジル第二の都市MANAUSに翌日午前10時にArrival。アマゾンリバーでは船は7~10ノットの速度で進む。 ここマナウスは最後の寄港地になる。近代的な建物に巨大なオイルタンクが見えて来た。桟橋付近は輸出入のコンテナや機材、働く人で賑わっている。BRICs経済を担う拠点でもあり、周りがジャングルに囲まれている事を忘れそうになる街だ。               水上ガス・ステーション “Rio Negro & lake Janauary Adventure “ ここで私は再び、アマゾンの支流へオプション・トリップを選んでいた。 アマゾン本流のデカフェ色の水に、Rio Negro(リオ・ネグロ)支流の合流するコカコーラの水。この黒い色は密林の樹液がしみ込んだ水の色だ。二つの水が数kmも混じり合わずに流れている。4日前のサンタレンでは青い水とデカフェの水だったが各支流によってその色が違うのだ。 途中で10名づつのカヌーに乗り換え、間じかにジャングル観察。舟べりまで水が来ていてスリリング。ライフジャケットも付けていない、肥った人が偏ってはバランスが崩れるので船頭が調整していた。もし、転覆すればピラニアの餌食に・・。        Farmlamd(農地)に転化されるジャングル いよいよ、支流の上流に入ると黒い水だけになり、川岸にボートハウスが見えて来た。 雨季に川が増水してもそのまま浮かび上がるようになっている。 サンタレンとよく似た風景だ。ファーム(農地)に転化されたところもチラホラ・・生活が見え隠れする。見慣れない鳥がすぐ傍を飛んでいるがカメラには難しい。 支流の奥深くにあるの生息地 lake Janauaryでカヌーを降りた。10mくらいの船が2艘横たわり桟橋の代わりをしている。木道を15分ほど歩くと、Lotus(ハスの葉)の池に出た。蕾を着けた大きな蓮の葉の池にAlligator(鰐)が生息している。 Sloth(マナケモノ)が、その名のようにのろりのろりと動いている。私は初めてお目にかかる動物だ。一瞬、どこが頭でどこが尻尾なのか分からなかった。3本の爪でしっかりの木道にしがみついている。全く人を恐れることもせずに悠々と動いていた。             Sloth (ナマケモノ) MANAUSブラジル北部アマゾナス洲の州都で人口150万。Amazon River流域最大の港湾施設を整えている。ここは外洋航海の終航点になっている。19世紀初め世界一の天然ゴム産地として繁栄したところだ。そのゴム景気時代に建立てられたのがAmazonas Theatre(オペラハウス)として残されている。ゴム産業がマレー半島のブームに押された後は、経済フリーゾーンとして、世界から工業団地を誘致し今に至っている。電気機械、輸送用機器(日本の東芝、パナソニック、ホンダ)など・・。 アメリカ全土に降った大雪でマナウスからマイアミに飛ぶ予定のチャーター便が到着できないという。マイアミのデルタ航空にTELするも、サテライト状況が悪くなかなか通じない、四苦八苦の末、ようやく一日遅れのチケットをgetしてほっと一安心。 急きょ出来たマナウスの休日、 気温32度、パラソルをさして日焼け止めを塗って市内の散策に出かけた。ブラジルは日系人が多いとは言え、東洋人は目立ちやすい。パラソルは閉じて地図を頼りに歩きだした。英語が誰にでも通じるわけではない。歩いた道を振り返りながら迷わないように・・。どこも人が多い。 Amazonas Theater(オペラハウス9パレスなど美しい建造物で密林の中の都市であることを忘れる。                      Amazonas Theater 船に戻って川向うのジャングルに沈む夕日をカメラに収めた。 下船の準備が待っている。 一日遅れでマナウス空港に・・・ジャングルの中の空港は静かだった。 Epilogue (エピローグ) Climate Change地球温暖化が論じられるとき、広大なAmazon River流域のジャングルの森林伐採が取り上げられる。 かつては木材の需要のためだったが、最近のそれは伐採した跡地に大豆やトーモロコシや米を植えて、輸出するためである、輸出先は経済発展の続く中国・アジア地域だ。富豪層の肉食傾向が強くなり、牛や豚の飼料として輸出されるのだという。 淡水のアマゾン流域は格好の農場になりやすい。密林のままであれば地球のエアコンとしては地球人にとっては、都合の良いところではあるが、それではここに住む人間の生活は変ってゆかない大型客船アマゾン中流まで入って行く。否応なく先進国からやってくる人間の生活を見せつけられる。尚かつ、電源さえあれば瞬時に情報が世界を飛んでしまう、アマゾンに住む彼らだけに、近代的な生活への道を阻むことは出来ないのでは・・・。私はアマゾン支流のボートハウスに住む人々を見た。川の水で洗濯する女性を見た。カヌーで観光する乗客に手を振る少女を見た。が私は彼女たちに手を振り返す気分になれなかった。 森林伐採の根底にあるのは需要と供給経済の論理と人間のエゴの問題になるのでは・・。開発途上国は言う。グローバル化という大義名分で地球を汚してしまったのは先進国だから、それらの国々がより多くの負担でCO2削減をするべきだと・・。それもしかり、議論は多々あろうが、どこの国がどれほどの負担するにせよ、徐々に地球の温暖化は避けられず、気候変動の影響を受けるのは須らく地球人なのだと思う。人間だけではない、物言わぬ多くの動物・植物もしかり・・。 現在、67億人地球上に生きているが、21世紀末には90億人と予測されている。人口爆発である。炭酸ガスを排出する絶対数が増えるのである。地球は丸い海流も気流も球形の地球の周りを動いているのだから。チリで起きた地震の津波が日本へやってくるように・・。ある日、どこで急激な集中豪雨に、竜巻に、乱気流に、干ばつに、雪に見舞われるかわからない。 家庭ごみの分別が進み、マイバックを持って、リサイクルに力を入れるようになり、人々の環境への関心は高まっている。太陽光発電が精度を上げて開発され普及している。高級なエコカーが開発され、エコを売にした家電製品が次々に売りだされる。 消費は経済のバロメーター景気刺激策に懸命だ。 GDP経済の発展消費で図られるのだから当然なのだが・・・。企業は常に前年対比の予算を組む、良く売れて消費が増えるということはすなわち、CO2を排出し続けることなのである。その量が対策のなかった時よりは少なくなっても・・。 大型客船を造る造船会社も客船を運航するCruise会社も、その船に乗って観光する私気候変動を助長させている事に変わりはない。 BRICs経済で賑わうブラジルの輸出入港をみた。 アマゾンに架橋が進められている。生産した穀物や工業製品を輸送するための道路だ。人が生き続け、国が繁栄し続けということはすべてビジネスが関わっているアマゾンのジャングルを歩きながら、Amazon RiverSun setを見ながらそんなことを考えていた。 帰国の機内で夢を見た砂漠に雨を降らせ海流の動きを整えるテクノロジーが開発された夢」だった。 宇宙開発が進み、DNA医療技術が進み、超微細ナノテクノロジーも利用される時代。 願わくは「夢」でないことを祈っている。