United Kingdom入国
Lake District (湖水地方)へ
マンチェスター空港で
入国審査を受けた。現地時刻6:00pm、
混雑はなかったが、
女性の入国審査官に根掘り葉掘り質問された。初めてのことである。
審査官曰く、何日間の滞在か?私は5日後に鉄道でパリに行くことを伝えると、
一人か?と問い、
鉄道のチケットと帰国の航空券を提示せよ」という。私は書類を出すため、リユックを降ろしていると、矢継ぎ早に
「what your job? 仕事は?」と
冷たい声。私もつい声高に
「None I’m retired. Look at my age the Passport., in your hand. 仕事はありません。私は退職者です。そのパスポートで私の年齢を見てください」と切り替えしていた。
書類の束を狭いカウンター並べると、出入国スタンプやvisaで埋められた私の旅券をめくりながら審査官は「
Okay Okay」と笑いながら
旅券を返してくれた。
シニアの一人旅が怪しいのか?もしや
密貿易でも疑われたか?品格ある
日本のパスポートなのに・・とあまり愉快ではない。
そのまま、スーツケースを引いて、サインを見ながら
タクシー乗り場を探すも、それらしいタクシーがいない。名札を下げた係員に尋ねると2台並んでいる
黒い車だという、なんと車体の上に
{TAXI}の看板がない。白タク?ドライバーが降りてきて私のスーツケースを後ろのトランクに入れている。車の前方を覗きこんで
メーターを確かめた。
Britannia Hotelの名前と住所を言うと「OK」という。What take a time?どのくらい時間がかかるか?を聞いて車に乗った。海外でYellow Cabを見慣れた私にはどうも落ち着かない。地域が変わればいろいろらしい。郊外にある空港から街の中心地に入る周りの景色はどこも似ている。
Manchester(マンチェスター)
翌朝、日の出を待って
街歩きに出かけた。今日、10:16分に乗る列車の
マンチェスター.ピカデリー駅が近くにあるはずなので下見をしておきたい。地図を見ながら人に聞きながら駅を見つけた。この距離なら、タクシーを呼ぶまでもなくスーツケースを引いて歩ける。駅舎のチェックインの場所を確認した。
週明けの朝、ビジネスマンがコートの襟を立て、急ぎ足で職場に向かっている。
人口46万人の
イギリス第3番目のグローバル都市だ。
同じような景色を思い出す。アイルランドの
ダブリンや、ノルウェーの
オスロ―やUSAの
ボストンにも似ている。



マンチェスター・ピカデリー駅
イギリスの国内鉄道
出発30分前に
ブリット.イングランドフレキシーパス(鉄道パス)に
使用開始のスタンプ(
Validation Stamp)を押してもらう。これがないと
無効になるのだ。
エジンバラ行きの列車が到着するプラットホームを確かめ、予約席のある車両がどのあたりに止まるかも再確認した。緊張して異国の鉄路のホームでじっと待っていた。サインボードは定刻に到着することを示している。
ようやく座席に落ち着くと係員が飲み物のサービスに・・
続いてチケットのチェックにきた。
ここから
オクセンホルムLake District駅まで約50分の乗車。駅に降りると私の名前を書いた紙を掲げてドライバーが待っていてくれた。3日間連泊するアンブルサイトのB&Bまでの送迎車だ。ホテルのママさんに挨拶し、荷物を解き窓からの瀟洒な街並みを眺め、暫し、休憩。
アンブルサイド(Ambleside)
美しい街だ。年間
1千万人の観光客が訪れると言うLake District(湖水地方)の中心地だ。ここ
アンブルサイトを中心に北に
グラスミア、南に
ウインダミアやボウネス・コニストンという観光拠点がある。部屋の窓からひときわ高い教会の尖塔が見えている。ランドマークだ。

山と渓谷と丘の間に16の湖と500もの小さな池が点在する
湖水地方。
2時間程度の初心者向けから3~4時間の中級者向けといくつものWalking Public Courseが整備されている。A6サイズのガイド案内書(英語)が用意されている。
さて、3日間の滞在中にいくつのコースが歩けるだろうか。
まず、この街の探索を始める。
インフォメーションセンターや
バス停を探し、バスの
時刻表を確かめねばならない。レストランやコンビニのようなショップもある。夕食とランチは自分で調達しなければならない。
午後、足慣らしに歩いた2時間のコース、土地勘がない者には、案内書のみでは、コースの入り口が分かりにくい。人に聞きながら見つけた。個人の庭や小さな路地から入っていくものもある。


コインが埋め込まれた樹木の幹


Lake District(湖水地方)は
英国有数の自然美を誇る観光名所として知られている。このエリアは
国立公園にも指定されているが、4分の1は
ナショナル・トラストが所有し管理維持している。
水辺では人懐っこい
白鳥が寄ってくるし、頭上を
カモメが舞う。谷川を流れる水の音を聞いて・・歩き磨かれた石の道、小石の敷き詰め道、フィールドの道、
気温18度緑の樹木が覆いかぶさって午後の光を遮ってくれる。こうして私の
Lake District walkingが始まった。
グラスミア(Grasmere)
15分乗ったバスから降りたものの、どの方向へ歩けばいいのか全く分からない。人に聞いてようやく、出発地の
St .Oswald’s Parish Churchの前に来た。そして思い出した。
昨年、
インサイド・ツアーで立ち寄りランチを食べたところである。あの時だった。いつかこの
Foot Pathを歩いて見ようと思ったのは・・。
あの時、時間に急かされて見学した
ワーズワースの家と庭の前に、今再びこの前に立っている。ゆっくりとビデオカメラを動かした。
黒い石を組重ねて造られた家並が古風で美しい
グラスミアの街だ。静かに佇んでいる。




ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth,
1770年4月7日-1850年4月23日)は、イギリスの代表的なロマン派詩人であり、湖水地方をこよなく愛し、純朴であると共に情熱を秘めた自然讃美の詩を書いている。1843位年、73歳で
桂冠詩人となった。

<郭公>
O BLITHE New-comer! I have heard,
I hear thee and rejoice.
O Cuckoo!shall I cal the Bird.
Or but a wandering Voice?
While I am lying on the grass
Thy twofold shout I hear
From hill to hill it seems to pass,
At once far off, and near
Though babbling only to the Vale
Of sunshine and of flowers,
Thou bringest unto me a tale
Of visionary hours.
Thrice welcome, daring of the Spring!
Even yet thou art to me
No bird, but an invisible thing,
A voice, a mystely,
郭公という具体的な
「鳥」の彼方に、魂に共鳴するイメージを感受し、自然の崇高な奥深さを詩っている。
どこにもない、しかしどこかにある、理想の世界や境地や神秘性を詠う、ロマン派といわれる所以である。
この日
、St .Oswald’s Parish Churchを背にして歩きだし、4時間のライダル湖周遊コースを歩いた。丘の上から街並みと湖が見える。昨年の
コッツウォルズとは異質のコースだ。
多くの人に踏みこまれた道、一人歩きは変わらないが、数百メートル前方を男性が歩いている。時折、反対側からのウォーカーとすれ違い挨拶を交わす。
想像していた通りの景色を堪能しながら、17kmは歩いたろうか・・適度に疲労した足をケアしたいがシャワーのみ、夜間急に冷え込んできた。











Lake Distric ヒルトップへ
ビアトリクス・ポター
青い上着をはおったうさぎ、
ピーターラビット。1902年に初出版された絵本「ピーターラビットのおはなし」は、ピーターラビットと仲間の動物たちの物語として、
23巻シリーズで、現在までに
世界111カ国で翻訳販売され、
累計1億部発行されているという。

裕福な家庭に生まれた
ビアトリクス・ポターは学校に行っていない。乳母と家庭教師の教育で絵を描くことを勧められたという。毎年、家族で夏の間の3か月間、田舎の家を借りて過ごしていたポターは、好んで田舎や森を探索し見るものすべてを
絵やスケッチにしたらしい。想像力豊かな資質と才能はこの頃に育まれたと思われる。
後年、世界的に知られる
絵本作家であると同時に、自ら汗して畑を耕す敏腕な
農業経営者でもあった。
ニアソーリー村のヒルトップ近くの農場が売りに出されると買い取って、
アヒルや雌鶏の他に、
湖水地方原産で耐久性と防水性に優れた、
ハードウイックという種類の羊を増やしてゆく。
さらに
環境保護活動家でもあるポターは47歳で
弁護士のウイリアム・ウィリーと結婚し、
77歳で亡くなるまで湖水地方で過ごした。
周りの農場もポターが絵本の印税やロゴの権利で得た資金で買い取ったところだ。後年、
遺言で「この自然の美しさを永遠に残す」ことを条件に広大な
土地・牧場・コテージなどを
ナショナル・トラストに寄付している。夫の
ウイリアム・ウィリー氏は彼女が土地を購入したときに手続きや管理を手伝った弁護士である。
「
ピーターラビットのおはなし」をはじめ動物や小鳥や植物を題材に多くのお話を描いた場所がニアソーリー村のヒルトップ(Hill Top)という小高い地域に残されている。当時の
ガーデン・コテージの雰囲気を100年以上を経て今にそのまま伝え、観光客が押し寄せている。
3日目、私はここを目指した。
Bowness(ボーネス)までバスに乗り、フェリー乗り場まで歩き,
Windermere湖を渡り、山を登り丘を越え
フットパスのマークを探しながらようやく目的地にたどり着いた。時折、雨が降ったり、日が射したり目まぐるしく変化する。
途中、小高い丘に数軒の家が・・庭にいた中年の女性が私に気づき、笑顔で迎えてくれた。一人歩きの東洋の女性に興味を持ったのであろう。私が聞く前に
Are you going to Hill top?と話しかけ道順を教えてくれ
、We have some Japanese Guidebook. とそこには、日本語のガイドブックもあると教えてくれた。「
ニイハオ」でもなく「
アニハセヨ」でもなく日本人と識別されてうれしい。目指すHill Topはあと1㎞ほど先らしい。

片道約4km余りの山道を歩いた。ここへは湖の反対側から陸路でバスや車で来れるので多くの観光客で賑わっている。
コテージの中を見学するために買ったチケットに1時間後の時間が記されている。資料館やショップや件の庭を散策して、入室時間を待ったいると日本語が聞こえてくる。数組の団体ツアー入っているようだ。
100年前を維持するためにナショナルトラストの係員が
一度に入る人数をコントロールしている、入館前に注意事項や建物内の説明がある。
2階への狭い階段や壁を傷めないように、手荷物はすべて前に持って下げることを要求される。勿論、
カメラ禁止。現地で購入した資料ブックをスキャンした。
ポターが作品を書いた部屋や大事にしていた陶器類、絵画やスケッチなどが100年前のまま保存されている。
庭の畑に大きな
カボチャが転がっていた。絵本に出てくるそのままのたたずまいで、今にもいたずら者の
ピーターラビットが走り出してきそうな・・・。
石造りの家の壁に
1906年の文字をカメラでヅームした




壁に刻まれた1906年


帰途は違うルートを歩いて桟橋まで降りることにした。周りの景色を眺め小川の流れの音を入れてビデオカメラを回した。幾度も振り返り、もう再び来ることはないであろう景色に別れを告げる。
こよなく自然を愛した
ビアトリクス・ポターの類まれな生涯に思いを馳せる。この道を
歩く人は変われど、この先、いつまでもこの
Sceneryは残るのだと・・・。
本格的な山のような急斜面の道を降りて湖岸に着いた。
フェリー乗り場に行くのにどうも反対側に歩いていたらしい。対面から歩いて来た老夫婦に問いかけてそれと分かり、一緒に桟橋まで30分ほど歩いた。彼らは車でマンチェスター方面から数日間の保養に来ているという。一緒にヘェリーの時間を待ちながら、お子さんやお孫さんの話を聞かせてもらった。穏やかな人柄のご夫婦と写真を撮りあった。
フェリーの上で虹が見えた。良い1日だった。



ユーロスター(鉄道)でフランス入国へ
ウインダミア駅(Windermere)→オクセンホルム駅(Oxenholme)で乗り換え
ロンドン・ユーストン駅(London Euston)に順調にたどり着いた。ここから数百m離れている国際列車の駅
St. Pancras (セントパンクラス駅)に移動しなければいけない。タクシーで5分と聞いていたが、サインボードに従って人の流れについて歩いていると
、International Stationが見えてきた。なんと
重厚で美しい建物だ。荷物を置いてカメラに・・。もしタクシーに乗っていたら気づかなかったかもしれない。


2時間余の時間がある。一等車の指定席券を用意しているが、窓口で一つ早い列車の空席がないかを聞いてみた。金曜日であいにく満席という。スーツケースがあるからあちこち歩くこともできず、ひたすら忍耐の待ち時間。
パスポートとチケットを提示にして、
ユーロスターのチェックインを済ます。
ところがパスポートに英国出国のスタンプもフランス入国のスタンプも押されていない。
私はこれでパリから出国できるのだろうか?マンチェスター入国を思い出して不安になる。
とにかく、チケット類を整理して説明できるようにしておこう。
快適な一等車の指定席に座り、目を閉じる、疲労がたまったのか眠い。2時間半でドーバー海峡を越えてパリの北駅に到着の予定。飛行機並みの食事のサービスがあった。




30年ぶりのパリは雨だった。パリ北駅でタクシーを待つ長い行列に並び、待つこと1時間余り・・・・。
約10時間余をかけてフランスに移動。
明日の夕刻から始まる
インサイドツアーの指定ホテル(Pullman Hotel paris Bercy)に落ち着く。