青の洞門(カプリ島)

2008.03.25~04.01 ナポリのサンタルチア港から高速艇で45分、陽光まぶしいカプリ島に着いた。 またそこから約30名乗りのテンダーシップに乗り換え名高い青の洞門へ・・・。 天気がよくても波が高いと洞窟の中へは入れない。傍まで行っても確立50%という・・。  数十分で到着した洞窟の入り口を見てビックリ!なんと小さい。高さ1mはあるのだろうか?幅は小船がオールをつけてようやく入れるほど・・・ここでまた小船に乗り換え中に入れるらしい。福運の極み?中で信じられぬような神秘の「青色」に出会えるという。  船頭に船から引きずり降ろされるような格好でゆれる小船に乗り移った。もちろんライフジャケットなどは付けていない。 今回、連れてきている孫娘を先に載せ、頭を船底に伏せさせる。船頭は仲間と話し合いながらタイミングを伺っている。息を飲む間に波に合わせて鎖を使い、うまく中に入った、スリル満点。すぐ入り口を振り返る、とそこは例えようもない「青」の水だった。沈殿した成分と光のなせる業という。 洞窟の中に次々と小船が入ってきた。8艘もの船頭が歌うサンタルチアの歌声と観光客の喚声、カメラのフラッシュ、夢の間にファンタスティックな数分間が流れる。 さて、あの小さな穴からうまく出られるだろうか?先のお客さんは頭に海水を被っていた。 熟練した屈強な船頭たちのなんと頼もしいこと。難なく潜り抜けてシップに戻れた。 ふと温暖化で海面上昇となればどうなるのだろうか?何て考えていた。 GRANDMATHER IN ROME 離れて暮らす孫娘(ニックネームMI)が高校に入学した。 何かお祝いをと考えていたが、モノよりコトがいいのではと初めての海外旅行を提案した。日本だけでない社会と世界を知り、TVの映像の中を現実に歩かせて見れば何かを感じてくれるのではと期待した。 合格発表から入学までのタイトなスケジュールに合わせたツアーの場所はイタリア縦断である。私はこのコースを約12年前に訪ねている。  気軽に引き受けたが、大きな責任も背負ったことになる。必ず無事に元気で連れ戻らねばならない。MIは3人姉妹の長女、娘(彼女の母親)はフルタイムの職業を持ちながら仕事と家庭と3人の育児をけなげに消化している。 パスポート取得から旅行申し込みも自分でさせてみた。時折訪ねているから、MIの性格は概ね分かってはいるが、8日間の共同生活はどうなるのか?興味深深。  イタリアのミラノに着いた。ファッションのメッカである。MIは高級ブティックのショウウインドーに並ぶ洋服のユーロの値段表示を見ては電卓を入れていた。 ベネチェアのガラス工房で見た本物のガラス製品の美しさに目を奪われ、製品の値段に目を丸くしていた。彼女の外貨持参は120ユーロ(2万円)だ。 MIにとっての初めての関西国際空港、ユーロ外貨への両替も自分でするように勧めた。出国検査を緊張して受けていた。初フライトで帰国路に添乗員が気配りしてくれたWindow Seat,窓のそばにきた雲に感動し、日の出の太陽や徐々に茜色に変化する空と雲のグラディションに喚声をあげながら写真に収めていた。 アッシジの「聖フランシスコ大聖堂」が地震で崩壊したニュースを日本で聞いたのは数年前だった。今はきれいに修復を終えている。フレスコ画「小鳥への説教(ジョット)」の絵が懐かしくその前でしばらく佇む。 半日の自由時間にMIと迷いながら歩き回ったフィレンツェの街、先ず中央駅を捜し郊外にあるホテルまでの帰りのバス・ストップを捜しタイムテーブルを調べ、チケットを購入した。 再び繁華街に出てMIの買える範囲のお土産店を数時間歩きに歩いた。 両親や姉妹や友人のために熱心に捜し選んでいる。もらった人はどれだけ喜んでくれるのだろう。  最終日、ヴァチカンに燈が灯り、キリスト教と共に華開き、根付いた石の文化を浮き立たせていた。エジプトからのオベリスクは今もすっくと立っている。前回ここを訪ねたときは偶然に建物の右脇のローマ法王の部屋から法王がお顔を出されたことを思い出す。 スペイン広場で、トレビの泉で何度も聞かされた貴重品管理のこと、団体ツアー用のイヤホンガイド機ら流れる添乗員の声「右後ろにジプシーの親子がいるから気をつけてください」MIは貧富の差はどこにもあることを学んだのであろう。 レストランやホテルでも簡単な英語を使わせてみた。通じた時の晴れやかな笑顔がうれしい。 MIの父親は治安を預かる公務員だ。高校生になるまではと携帯電話を持たされていない。この年齢では少数派かもしれない。だからだろうか。幼いようにも見える。 「すごい!」「かわいい!」「美味しい!」だけでなく別の表現が出来ないものかと・・もう少し読書をすればとの思いもあるが、毎日、スーツケースをきちんと整理出来ていた。集合時間に間に合うように準備が出来、誰にも挨拶が出来る。素直で明るい、時に不機嫌になることもあるがすぐに気分を直せる。これだけで充分だと気が付いた。 何よりも両親が好きだという。 数日後彼女から旅の感想とお礼の手紙が届いた。 「しっかり勉強してお金を蓄えて、今度は私がおばあちゃんを海外に連れて行くから長生きしてください」と・・。期待して待つことにしよう。そして私には過ぎた娘の子育てに花丸をあげよう