東南アジア Cruise   

2008.02.09    香港港桟橋 ホテルに横ずけられたRhapsody of the Seas号  大型アメリカ客船の10階にウオーキングコースとランニングコースがある。歩きをとめて手すりに寄りかり、遥かに続く360度の海を飽かず眺めていた。奥羽山脈を見て育った私は、海への憧憬は格別で今も変わらない。叫びたいほどうれしくなる。何しろ初めて酒田の海(日本海)を見たのが小学6年の修学旅行なのだから・・。 ここは東南シナ海、白亜のCruise Shipは悠々と進んでいる。揺れはほとんど感じない。 1月中旬、世界最大規模のクルー会社(米国)ロイヤル・カリビアン社のRhapsody of the Seas の乗客になった。総トン数78.491トン、乗客定員2435人、全長279m、幅32mメートル、11階建てのビルが航海しながら南シナ海を12日間で巡る旅だ。香港(中国)・ベトナム・カンボジア・タイ・シンガポールと5カ国の主要な観光地に寄航しながらのクルーズ初体験。 Rhapsody は、これまでカリブ海に就航していたのだが、この度、経済急伸展が報じられる東南アジアにリニューアルしての就航という。そういえば多くの主要都市は海岸近くに栄えていた。            寄港地に停泊 乗客の入国審査する現地係官 このCruiseは契約も案内書も全て英語である。分厚いTrabel Documentsと電子辞書とラップトップを持って、単身、関空から香港国際空港に入国した。空港出口で現地案内人が待っていてくれる筈だが・・。果たしてうまく見つかるか?心配は杞憂だった。日本語を話せる香港女性が待っていてくれ、タクシーで40分ほどのチェックインセンターに案内してもらう。  数キロ先からRoyal Caribbean Companyの案内看板が出ていた。混雑は極限状態、さすが世界中から乗船者が集まっている。香港港の桟橋に隣接された豪華ホテルがチェックインセンターになっていた。案内の女性とはここまで・・。日本からインターネットで事前チェックインを済ませていたので、スムースに船内に入れた。入船前に写真撮影、ここで、パスポートは船に預け、引換券を受け取る。他にSea pass cardをもらう。これに個人情報が全て記録されている。各寄港地で下船の時も乗船の時もマシ-ンを通し個人認識される仕組みだ。船の船内の買い物も飲食も寄港地のバス代もこれ一枚でOK、最終日に全明細記録が提示されクレジットカードで決済される。Cabinのkey(鍵)にもなっている。 今回は乗客2000人、乗組員750名というからスーツケースが部屋に届くまでに数時間はかかるという。どんな仕組みで動かされているのだろう?私の興味は尽きない。ただし、心配なのはJapanese English が通じるかどうかだ。私のキャビンは2Deck(階)のインサイドだ。seasideでないから展望は利かないが、部屋の調度品は4つ星ホテル並み、TVのチャンネルは40チャンネルほど、ラップトップパソコンを並べてみたが机の照明も大丈夫だ。電源は日本のがそのまま使える。 Cruise初体験の私はとりあえず、この巨大船のどこに何があるのかを知らなければならない、エレベーターが後方と中央と前方に20数機設置されているが300メートルとなると探索も相当の距離になる。何度か自分の部屋に入る通路を見失いそうになった。 話にたがわず、船内は豪華そのもの、各階段の踊り場に置かれたArtも思わず足を止めてしまうものばかり、センターのメインモニュメントは10階までの吹き抜け。  専属のキャビン・スチュワードが決まっていて朝夕2回のベットメーキングやゴミの清掃に来てくれる。中国人でさわやかな笑顔に人柄が出ているいい青年だった。日本語の単語を少しだけ知っていて、私には「おはよう」「こんばんは」と挨拶してくれる。日本が大好きで5月に日本に寄港するのが楽しみだという。Royal Caribbean Companyがアメリカの専門学校でcrew教育をしているというだけあって、あらゆるNationality の従業員が働いていたが接客マナーは申し分ない。度々、タオルで白鳥やモンキー(写真)などを作ってベットに置いてくれた。 避難訓練 乗船初日、夕食後に非常ベルがけたたましく鳴った。各Roomになにやらアナウンスされた。どうやら避難訓練らしい。全員部屋に置いてあるライフジャケットを持参して所定の場所に集合した。100人は裕に乗れるような大きな避難ボートの下である。各Deck毎に避難場所が決められている。他の人を真似て初めてオレンジ色のライフジャケットを体に付けた。胸側にスチロールのようなものが入っていて軽い。黒い太いベルトで体に締めながら、タイタニック号の映画を思い出していた。係員が何やら説明していたがよく理解できなかった。                       香港港出航で 何日目だったろうか。船はゆったりと時速22kノットで移動している筈なのに、また、けたたましいアナウンスが部屋に流れた。あわてて、ライフジャケットを持ってエレベーターに乗ったが他の乗船者は何も持っていない。異様な目で私を見る。どうやら乗組員だけの訓練だったらしい。英語がちゃんと聞き取れていない。少し落ち込んだ。 Cruise Compass=船内情報紙 全ての船内情報はこれで知らされる。dinnerに出ている間にキャビン・スチュワードが翌日の分を部屋に入れてくれるものだ。日中はラフな服装で構わないが、dinnerの服装だけはフォーマル、スマートカジュアル、カジュアルと決められている。フォーマルの日はスパやエステが満席らしい。Cruise Compassには次に寄港する国や観光地の様子、時差、乗船時間が詳しく載せてある、また、TVでも常に新しい船のスケジュールが知らされる。しっかり読んで理解していないと自分は何をすべきか分からない。 食事(Main Seating) Dining(Dinner)もTheater(劇場)も2交代制になっている。私はMain Seatingで早い方の6時からになっていた。今日はカジュアルスタイルでという。 一人参加の白髪のアメリカの婦人(元看護士)とやはりアメリカのご夫婦、どなたも椅子にやっと入れるほどのFATな方だ。皆さんCruiseの常連らしい。 航海中、このシートでフルコースを取ることになるらしい。この日はアジア系の料理にカリフォルニア・ホワイトワインをグラスでorder,・・ここで、合席同士の会話が弾むはずなのだが、私は基本的な会話と自己紹介しただけでもっぱら聞き役に、昨年のメルボルン留学の成果を試して見たいところだが、そう簡単ではない。会話の内容はどうにかアバウトにはつかめるが、どうも早い言葉についてゆけない。メンバーの方が私の事情を汲み取り、ゆっくりと話してくれている。ありがたい。4時間のフライトでも緊張の連続で疲れている。早めに就寝することに・・・部屋の空調もいい。  Maim seatingでの夕食会を7日目で私はスピンアウトした。理由は巨大なビーフやチキンの半分も残してしまうこと、ベジタブルに変えてもらったが、相席の方たちへの配慮もある、親切なウエイターが薦めてくれるデザートを断るのも辛い、この調子だと体型がどんなになっているか?日本へ帰るときに着てゆく服がなくなりそうで・・。以後、9deckのバイキングで気楽に済ますようになった。  朝食も昼食も海を眼下に眺めて食事が出来る広いバイキング・ビュッフェで取ることにした。 あらゆる国のメニューが日替わりで並ぶ。中国料理・インド系・日本料理・フレンチ・イタリアン・スペイン・・・もちろん朝はおかゆに味噌汁・・夜は寿司なども・・。 多彩なトロピカルフルーツ・デザートもカラフルに豊富に並んでいる。 ブレックファーストもランチも自由だからこそ、注意・・。食事もドリンクも好きなところで好きなものが自由に飲食できる。アルコール以外はすべてフリー。ルームサービスも無料でなんでもOK、(チップのみ要)  だんだんデザートの並んでいる通路は避けて通るようになった。 こんな食事情・・これは幸せなのか?不幸なのか?なんて不心得なことを考えていた。 船内での楽しみも豊富に用意されている。本格的なダンスレビュー・ミュージカル・コメディーショー・マジックショー・など毎晩プログラムが変わる。 シップ・シェープアップ・プログラムも充実していた。10deckのエリアに最新のトレーニングマシーンが・・。このフィトネスエリアにはほとんど毎日通っていた。5:00から24時まで利用可能、近くにサウナ施設・各種スパも整い申し分ない。ストレッチ・ヨガは毎日・エアロビクスも曜日と時間が毎日の新聞に載っている。ある時、キャプテンと思われる方が1時間ほどトレーニングしていた。 ダンスやラインダンスのクラスもある。カジノ・深夜までの生演奏のダンスmusicと多種多様。 ショッピングエリアの他にピカソの絵画や、Library・Web net roomもそれぞれに雰囲気あるしつらえで乗船客の満足を誘う。 2日目、ベトナムのハノイに向かう船上でCaptain’s Welcome Board Reception があった。キャプテン主催のカクテルパーティーだ。2千人余りの客は2回に分かれてフォーマルウエア着用、私もこのために用意していたイブニングドレスなるものを着た。あらわな肩をショールで覆ってもどうも落ち着かない、足もとまでの裾を踏んでしまいそうだ。順番に並んでキャプテンと握手・腕を組んでカメラに・・・。この写真は後日展示され販売される。クルーズの主要メンバーが出迎えてくれる。  キャプテンは若々しくユーモア一杯のスピーチで乗客を沸かしてくれた。 さすがアメリカ客船だと感じ入る私。大事なセレモニーなのだろうが・・・。エスコートしてくれる男性もいない。写真を写してもらったがもうこれだけにしよう。  後日、ある時、ゴージャスな気分ではあるが・・、とUSAから一人で参加しているsomeone曰く「タキシードにネクタイ・・どこかペンギンに似ていて僕は好きでない・・」と・・。70歳近い彼は30回もCruiseをしているが膝を痛めていて早く歩けない。A=B=Cという滑稽さを知ったのだという。I think so・・・納得してしまった。だから彼はフォーマルウエアは持ってきていない。メーンダイニングではなくビュッフェで食事をしているらしい。 ベトナム ハノイ          この橋は日本との技術提携で建設された ベトナムの首都で国内工業の中心地だ。この国は北から南に長い、まだ寒くてコート着用で下船した。 初めての上陸である。朝から「乗船時間に遅れないように・・」「飲み物や現地の食材は一切口にしないように・」「皆さんのホームはこの船ですから、ホームレスにならないように・・」と何度も船内にアナウンスされる。万が一にも時間までに船に戻れない場合でも船は待たない。そのときは自分で次の寄港地までタクシーや何かで移動することになる。 たいてい数名がそういうことになるらしい。 今夜、船はハノイ湾に停泊する。数千の島が浮かんでいて、有名な観光地だ。船は最高のロケーションで島々の真ん中あたりに停泊した。あいにくの曇り空が島々を幻想的にみせる。ここから、船客の多くは、tender shipに乗り換えて数十分、ベトナムの首都ハノイに上陸した。ベトナム寄港地で数回使うことになるLANDING CARDが発行されて、常時携帯していなければならない. ベトナム当局から入国係官が船に乗り込んで一人一人入国カードと仮パスポート(sea pass)を確認している。数百人づつ分乗し巨大船を離れる。数千人の移動だ。中には車椅子に乗り、薬を大量に持参している高齢者もいる。ITで管理されているのだろう。Tender ticketごとにcallされ、2000人もの大移動を難なく動かすシステムが出来ていた。 HALONG BAY 美しい観光地に小さな子供を船に乗せて客船に寄りつけ果物を売らせている家族が何隻も・・。12歳ぐらいの少女が妹とボートを漕いでお金を要求していた。経済発展が報じられる国の影の部分だ。近くでカメラは向ける勇気がなかったが、1枚だけズームした。 自由時間 海の見える6deckにあるmeeting エリア、ゆったりとしたソファとテーブルにはいつも誰もいない。係員に「ここでパソコンを使ってもいいですか?」「どうぞ・・」以来、私はよくここで眼下に波を見ながらパソコンのキーをたたいていた。というより、音楽を聴きながら海を眺めていたという方が正しい。 自由とは、何をしてもいいし何もしなくてもいい。 何をしようかと考えなければならないのは案外不自由なのかも・・・。  プールサイドのサンデッキにはメタボリック症候、間違いなしのFATな中高年カップルで占領されている。日差しの少ない国の英国か北欧の人だろうか。日に焼けることを恐れる私には不思議の一つだ。女性は下半身が男性は上半身が見事に肥っている。しかし、彼らの表情は底抜けに明るい。FATでも何でも人生は楽しむものだ・・・と教えているようだ。ご夫婦は仲良く手をつないで歩いている。文化の違いだろうが、「ほんとにいつも仲がいいのだろうか?」なんてヤボなことを考えるのはよそう。 何故か、日にちが過ぎるうちに別々にビュッフェに来る人が増えたように見える。  中には難しい本を読んでいる方もいる。これも絵になる。こういうポーズが似合うのはやはり欧米人か。ほとんどがシニアのカップル参加者だが、最近は一人参加者も増えているという。男性同士で職場のヴァケーションだというカナダの青年達とはよく偶然に出会った。シャッターボタンを押してもらってから話をするようになった。 翌朝、小雨に曇るハロン湾、給油のタンカーが往来していた。 ジョギングしてひと汗・・サウナとフィットネススタジオ・・TVで時間がすぎる。 。私は申し込みが遅くてオプショナル観光のバスの席が確保できない。タクシーで市内に移動するカップルもいたが、私一人では危険だ。船内に残ることにして、美術品でものぞこうと歩き回った。 Hue(ダナン・フエ)からNha Trang(ニャチャン)に移動した。 大きな船なので桟橋まで近づけない、何艘ものテンダー・シップが待機していて乗客を上陸させる。希望者だけだが二千人を超える乗船客だから数時間かかる。グループや団体で乗船している方は乗船チケットもすべてオンラインで流れてくるらしいが、私はExcursion Deskに行って自分で交渉しないと何も出来ない。交渉してバス席を確保 チャイナ・ビーチに上陸したが、バスが到着すると物売りやタクシーやバイク運転手が客を求めて寄せ集まる。どこまでも付いてくる。美しいビーチにふさわしくない。 ハンドメードの面白い商品も並んでいたがとても見てみる勇気がない。 海産物を売っているご婦人にチップを渡しカメラに納まってもらった。 早々に船に戻った。 キャビンに6枚もの用紙が入っていた。よく見ると次の寄港地、カンボジア・タイランド・シンガポールへの入国・出国とビザ取得の書類らしい。それぞれの国の言語の下にEnglishが書いてある。わからない単語を辞書で探しながらどうにか仕上げて、Check してもらうためにExcursions Deskに・・・。幸い今日は多くのメンバーはまだ戻っていなくて、列に並ぶ人も少ない。あらゆる国のCrowが乗っている。白人系の英語が聞きやすいのでその列に並んだ。幸い私の英語でも通じて不備なところをフォローしてくれた。これだけでも私にとっては大仕事なのだ。 初めての大型船Cruise にトライした私には何もかもサプライズ続きだ。 毎夜、Theaterでは国際レベルのブロードウエイ、EntertainmentがShowtimeを演じる。午後9時からの割り当て時間には眠っていて参加していなかったが、昨夜、初めて出かけてみた。ダンスとマジックショウで、乗客が総たちになるほどの場面が連続、少しだけで引き揚げようと思っていたがとうとう最後まで見てしまった。 7日目、ホーチミンに到着、別名サイゴンである。ベトナムの商業&経済の中心地だ。 今日も私は船に残ることにした。事前にバス等の準備ができていない。下船はしても一人でタクシーに乗り、市内の中心に出向くことになるが危険を伴う。 船から広い樹林帯を眺めていた。サイゴンはいつかまた陸路で訪ねよう。 10階にロッククライミングの設備がある。下船前日、なんと私がこのビギナーコースに初挑戦した。「自己責任」の契約書を書かされ、専用のシューズを借りた。両腿と腰に頑丈にハーネスを装着し、背中のロープを指導員に託し、3点確保で登り始めた、決められた色のrockを足と手で探して登る、力つきそうな最後の約1メートル、渾身の力を腕に集めてよじ登った。下から指導員が「kimiko left red rock!」とアドバイス。 やっとwinning Bellの紐に手が届いた。思い切り引いて鳴らした鐘の音のなんと涼やかなこと・・・日ごろの筋力トレーニングがこんなところで確かめられるなんて・・。 これは私ではない・・カタログから・・・このとき、突然のことでカメラがそばに無かった タイランド タイのバンコクでPATTAYA  ELEPHANT  VILLAGEのツアーの空席が取れた。 船から100km離れた象の村で間近で象の曲芸や訓練を観て数時間を過ごす。象にも個性があって各国の言語で数字を認識できるように訓練されていて観客を喜ばせている。好物のバナナ大きなひと房が100ドルで観客が買う。  初めて象に乗った。象の背中は硬い皮にまばらに強い毛が生えているのを知った。モンゴル馬よりはずいぶん高い。バランスはとり易い。後ろは象使いだ、乗る時は支えてもらってよじのぼったが降りる時は櫓の上に・・。 この日、貿易港を兼ねた桟橋に船は停泊していた。タイ国はベトナムと共に世界のファンドを動かしているといわれる。故かImport and Export で賑わう港だ。 人々は自分に合った好きなことをして過ごしている。その間にも船は南シナ海の大海原を進み、2000人の国際リゾート街は動いてゆく。人それぞれの過去と未来を連れて・・・。 船の危機管理(Crisis management)もTVモニターで流れていた。テロ・不審船・気象と万全の対策が採られている。最上階に出てみた。レーダーが3機動いている。Bow(船首)もカメラに納める。 下船準備・・・ 明日はシンガポールという日、デッキごとに色分けされたシールが渡される。スーツケースに巻きつけて深夜までにキャビンの前に出して就寝。世話になったスチュワードにチップも済ませた。全Crowとのお別れはTV画面だった。See You agien