記憶に残る高嶺の花

数年前、登った日本アルプス(奥穂高・八が岳・燕岳)北海道の利尻山・礼文島
カメラに残した高嶺の花は,今も季節違えず誇らしく咲いているのだろうか。
特に忘れ難い花をアップして見た。
ここ数年、世界の各地で珍しい花を写したが、日本独自の固有種は殊のほか愛しく思える。我が足で登ってレンズに納めたそれは、背景と空気とともに鮮明だ。

 

八ケ岳 つくもぐさ

エンレイソウ

ハクサンイチゲ

尾瀬 至仏山 クルマユリ

ニッコウキスゲ

燕岳  コマクサ

岩キキョウ

奥穂高 ひょうたん木

コバイケソウ

リンドウ

レブン アツモリソウ

カラフト アツモリソウ

キンバイソウ

礼文フウロ

エゾカンゾウ

ナナカマド 奥穂高

アルプス表銀座縦走・・燕岳から槍ヶ岳へ

中房温泉 8月1日、日本の各地から集った山旅グループ(19名とガイド3名)は中央・長野自動車道から安曇野に入り、中房温泉(1462m)に着いた。私は初めて訪ねる山深い湯の宿で趣向を凝らしたいくつもの温泉がしつらえてある。外の湯に下駄履きで散策を兼ねて、温泉はしごはいい。大木の根に湯をいれた根っこの湯、寝転んで満天の星を見ながら下からの湯熱に浸るものなど・・。各自、明日からの臨戦態勢に備える。 夕食も豪華、馬肉のすき焼きはここの名物料理とか・・。 燕岳へ 3大急登といわれる合戦尾根に取り付いた。熊笹の茂るジグザグな階段状の急な登りの後に4つのベンチが用意されていた。第2、第3のベンチを通過した。富士見ベンチへは荷物の重さがずしりと肩にくい込む。急な登りになると皆の話し声が途絶える、息を吐いて、吐いて高度を稼ぐ。合戦小屋には名物のスイカがあるという。ガンバレ! 八つ切り800円のスイカを仲間のメンバーと2人で分けて頬張る。甘い!。体中に涼味がしみる。 ここからはダケカンバ・ナナカマドの樹木が目につく。「合戦ノ頭」視界が開け今夜の宿、燕山荘が見えた。稜線越しに槍ヶ岳の先鋒が見え隠れする。カメラでズームしながら、あの穂先に立てるのかと不安になる。 足元に咲くハクサンイチゲ・シナノキンバイ・キバナシャクナゲもまだ残っていて励ましてくれる。 燕山荘に到着・・ウワッー!喚声はすぐ前にそびえる燕岳の美しい姿に・・。白い花崗岩と緑の這松に彩られた憧れの山にいよいよたどり着けた。女性的な山だ。 小休止して燕岳に登頂。360度の展望をゆっくり楽しむ。雷鳥の親子にも出会えた。 コマクサが丈低く今を盛りに群生している。なんと白いコマクサを見つけたが足の入れられない場所で接写が難しい。私の晴れ女念力もここまで・・ 3日目=午前3時50分起床、睡眠は取れている。2食分の弁当を詰めて、11時間をかけるアルプス表銀座初体験のスタートだ。喜作新道・・ヒュッテ西岳・・水俣乗越・・東鎌尾根・・ヒュッテ大槍(3020m)と登山雑誌でなじみの場所はどうなっているのだろう? しかし、台風の余波で最初から雨具をつけての出発だ。降ったり止んだりの生憎の天気で視界は効かない。水を飲みひたすら足を前に運ぶ。朝食も小雨を避けて岩の下や樹木の下であわただしく済ます。足元の高山植物に励まされる。稜線に出るとつかの間、ガスが動いて目指す槍の穂先が見えてきた。稜線を右に左に廻りながら進むと山の形が変わる。カメラを出したり入れたり忙しい。この天候では明日の槍はどうなるかわからない。せめて雪渓で立体的な槍をカメラに数枚残そう。 鎖場をいくつ登って下っただろうか。強烈な風が襲う。切通岩の鎖場は危なかった、突風が襲いかかりハシゴの途中で風の弱まるのを待つ場面も・・。鞍部に降りても風は容赦なし、岩場を四つん這いでなり体を移動し、風の勢いの弱まりを感じてそばの這松にすがりつく。 ガイドクルー3名も、19名全員が無事降りられるか、無線で連携を取りながら緊張の連続であったろう。ベテランガイドは「耐風姿勢」を幾度も実演して教える。一瞬の油断が大事を誘う。メンバーも真剣だ。足場の悪い道が多い、落石やスリップに注意して、いくつもの岩峰を越えた。休憩は5分か10分程度。いよいよ東鎌尾根の岩稜歩きの登りになる。強風と格闘している間に急な登りもいつの間にか越えていた。ガレバの鎖から岸壁にかけられた3段ハシゴの長い登りも慎重に3点確保・・。ようやく大槍ヒュッテに到着。全員無事だ。台風情報を聞くが芳しくないらしい。明日の予定は未定。ともかく疲れた体を休める。 4日目=4:00起床、風と小雨の朝だ。いよいよ、槍に取り付く日だ。3名のガイドの真剣な協議の末に決行が決まった。天気の好転を読み、メンバーを信じてのことだろう。 貴重品と水・カメラだけを持ち、ザックは小屋において槍ヶ岳山荘を目指す。視界は全く利かない。先頭ガイドはペンキ印を頼りに進む。風は容赦なく強い。荷物を背負っていないだけ軽い肉体はフワーッと風に運ばれそうだ。近くの低い樹木や岩にすがりつきながら歩みを進める。やっと槍岳山荘がガスの中に朧に見えた。殺生ヒュッテへの分岐で降りてくる登山家から「槍への登頂は出来ない」と知らされる。リーダーからこの事態を説明され登頂を断念、全員納得した。 復路は危険な稜線を避けて、殺生ヒュッテ経由で小屋に戻る。雨は止まない。  これからU字谷の槍沢経由で徳沢へ降りる。お花畑のジクザク道を通り、7時間の長い下りだ。途中、雪渓を2箇所わたる。雪渓の歩き方を伝授してもらう。高度を下げるにつれ暑い、時折雨はまだ落ちてくる。キャンプ場を過ぎ、梓川を右に見て歩く、歩く・・・徳沢へ。 3日ぶりのお風呂が待っている。 徳沢から横尾へ 静岡の知人2人(某大手企業管理職Kさんとその部下のアルピニストBさん)と燕山荘でお会いできるかも・・と思っていたが台風接近で無理になった。 最終日、徳沢から横尾へガイドの数人後を歩いていると突然、「小林さん」と大声で呼びかけられた。 びっくり!なんと山上デート?予定の2人が歩いて来た。メールで日程を知らせていたのでこの時間にこの辺りで会えるかもと探しながら歩いていたという。感動!  最後尾ガイドが待っていてくれて数分間、列から離れて話しをする。二人は涸沢に向かうという。K氏は仕事の関係で涸沢一泊。B氏は一人で涸沢→北穂高岳→南岳→双六へ・数日間の山歩きを楽しむという。さすがに若いイケメン山男のフットワークは軽快だ。 大槍ヒュッテの森氏(Bさんの友人で小屋主人)から預かった「50周年記念のストラップ」を手渡した。

ツクモグサ(九十九草)賛歌・・・八ヶ岳縦走

長野県の諏訪インターから唐松林の三井の森リゾートを抜け、八ヶ岳に取り付いた。6月中旬、広島から3日間行程の雨を覚悟の出発だった。ツクモグサはこの時期に横岳近くの断崖に咲くという。           オーレン小屋からシラビソの樹林帯 初日、夏沢鉱泉→オーレン小屋で宿泊。翌日、赤岩の頭→硫黄岳→横岳(2829m)→地蔵仏→赤岳(2899m)に登頂、7時間登って赤岳山頂小屋に宿泊、 翌日、山頂小屋→文三郎尾根→行者小屋→美濃戸山荘→美濃戸口・・5時間半を降りた。急斜面に雪渓が残っていて、ガイドのロープを張って降りる場面もあり、翌日、私の大腿筋が悲鳴をあげた。 何よりも予想を外れた絶好の天気に感謝。360度の展望が利き南アルプス・中央アルプス・北アルプスの槍の穂先までが視界に入った。 残雪を載せた富士山が登る途中からも、山小屋の窓からも眺望できた。風も無く頂上でこんなにゆっくり出来た山は初めて。こんな日は年に数日しかないという。やっぱり私は「晴れ女」? 今回は山愛好者の憧れの花「ツクモグサ」を訪ねる八ヶ岳縦走だった。 私も初対面の花。スイスアルプスで初めて野生のエーデルワイスを見たときと同じ感覚だった。ツクモグサとエーデルワイスには共通点がある。どちらも厳しい環境に咲き、花びらのように見えるのは萼片だという。 「・・・そこは横岳の切り立つ断崖であった。ツクモグサは何ゆえ自然環境の苛酷な地を選んだのだろう。あえて、そこに咲く理由はなんだろう。「高山植物の女王」と呼ばれるコマクサもしかり、砂礫の斜面に競争相手はいないとはいえ、自らも厳しさの中に身を置かなければならないのだ。争うことを避けた優しい花たちなのか・・ 朝露に包まれて震えるがごとく咲く一輪を見つけ、写真を撮った。美しくあれど、決しておごりはしない。不遇にあれどけなげに生きる。そこが名花たるゆえんか。人もかくありたい。ツクモグサクは、これからも岳人たちの憧れの花として君臨するだろう・・・」 これは今回の現地ガイド杉浦直樹氏の著書「ウィークエンド・ナチュラリスト」(株式会社文芸社)に出ている一文だ。 杉浦氏は日本自然保護協会の自然観察指導員であり、樹木や鳥・花・昆虫に対する豊富な知識はさすがで、教えられることが多々・・・。 書籍のに鳥が好き、草花が好き、ただそれだけ・・楽しいと自然保護は「両立」します人が自然を守るのではない。人が自然に守られるのだ・・・と含蓄のある言葉が並んでいます。  読後感・・・さわやかで温かくて・・いつか忘れていたこと、知らなかったことたくさん気づかされ、教えられた一冊でした。

沖ノ島4島めぐり・・自然回帰の森を歩く・・3日間

07.05.03 後醍醐天皇・後鳥羽上皇の配流の地・日本海に浮かぶ諸島との知識しか持ち合わせていなかった沖ノ島。なんと12万点の重要文化財が残される歴史の島。かつてシルクロード→高麗→沖ノ島・日本本土に伝えられた文化の足跡、この島固有の昆虫・植物などが大切に保護されていた。2万年前の最後の氷河期の証を残す知夫村の赤壁(せっへき)、西ノ島の魔天崖・通天橋など日本海の荒波が作った奇岩が・・見所多い国立公園だった。野大根の花の群生、シャクヤク・雪笹・岩カガミ・アケビの花を愛でながら、この地の珍しい植物を教えてもらいながら大満寺山(608m)→鷲ヶ峰→杉天然林を歩いた。                     境港 水木しげるロード                     知夫村の赤壁                     野大根の花群生地

播州・雪彦山

07.04.29 日本三彦山(九州の英彦山、新潟の弥彦山)に数えられる、播州・雪彦山(兵庫県)に登った。アケボノツツジが山を彩り、そこここにシャガの群生が今盛り・・。萌黄色から新緑に変わる季節、久しぶりの山歩きだったが、出雲岩・鉾立山など変化に富んだ岩場を鎖場やロープを伝って登っているうちに難なく頂上に・・

北海道 利尻山  06.06.16

利尻富士 稚内空港ニ降り立ち、3泊4日の山旅である。ノサップ岬、サロベツ原野など歴史を伝えるアイヌにちなんだ地名が多い。磯の香りが既に癒しだ。 最北の百名山、利尻山(1721m)は海上に浮かぶ独立峰だ。礼文島からの眺めは、なるほど裾野が広く富士山に酷似している。生憎、登頂当日は朝からの雨、雨具着用で11時間のピストン登山だった。サロベツ国立公園に指定されるこの山にトイレは無い。、各自携帯トイレ持参である。 ルートで初めて見た「ザゼンソウ(座禅草)」・「ヒトリシズカ」など、カメラに残せなかったのがザンネン! しかし、前日に周囲60kの利尻島を定期観光バスで回り、各スポットで変化する山の景観を楽しんだ。利尻昆布を再認識。 礼文島では快晴「ここは島全体が植物園」といわれ、気分のいい3時間の山歩きを満喫!さすが花好き人間のメッカだ。  翌日は「間宮林蔵」(シベリア探検によって、樺太が大陸と陸続きでないことを確認し、間宮海峡の発見者)の銅像の建つ、最北端の北緯45度31分、宗谷岬でカメラに・・ 6月中旬、利尻富士を登り、礼文島を歩き、最北端の宗谷岬に立った。 お初にお目にかかった「礼文アツモリソウ!」 7cmにもなる大きな袋のような花びら、その名の由来も一の谷の戦で滅ぶ平家の若武者、平敦盛にちなんだ名前という。 かつて、東京の証券会社の同好会で謡曲を習っていた。「敦盛」は上級者向きだったと記憶するが、私の手元に謡曲の教本が残っている。 アツモリソウは乱獲で絶滅に瀕していて幻の花に・・・と聞けば悲運の敦盛にオーバーラップしてしまう。今は特別保護地区でないと見られないというがどうしても見たい。撮影希望者は30kも離れた特別保護区にタクシーに分乗してカメラに収めた。  ちなみに「熊谷草」という熊谷直実に由来した花もあるらしい。                  礼文アツモリソウ                  樺太アツモリソウ                  礼文アツモリソウ

中国山地

大万木山(1218)・琴引山(1013)縦走8時間     島根県 5月中旬、久しぶりに日帰り山歩きに出かけた。 この冬の大雪で、例年なら終わっているはずのサンカヨウ(山荷葉)がまだ蕾だった。大万木山に群生するこの花に私は初めて出会った。丈低く大きな葉にくっきりと葉脈が浮き出ていた。白い蕾は開いたらどんな姿なのだろう・・・と気になる。きっとNZのマウントクックリリーに似ているかもしれない。大きな葉っぱと丈が良く似ているからだ。 イワカガミもまだ残っていた。この花のように高値の花は何故か花びらを下に向けて咲くのが多い。雨や雪から花芯を守るためなのだろうか。 中国山地のブナの林は静かに芽吹きのときを待っていた。                    サンカヨウ                    ユキハギ                  ブナ林のドウダンつつじ                     イワカガミ                     イチリンソウ